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海洋冒険ファンタジー

  フ リ ル 〜 歌う魚

6ページ目

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《第3章》 難破船

(1) 飛べないとび魚
(2) ガラスの瓶
(3) お姫様のペット
(4) 豪華客船
(5) 遭難
(6) 自由な海

《第4章》 凍れる海

(1)氷の洞窟
(2)白砂の谷の若者たち
(3)氷の宮殿
(4)シーラカンスのじぃらの話
(5)氷の女王
(6)若者たちの迷い
(7)夢の石

6ページ目制作 2003/07/01〜11

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《第3章》 難破船

(1) 飛べないとび魚

フリルは ヤンヤといっしょに旅をしていましたが、また渦がある海域まで きました。

フリルは前に渦に入った時のことを思い出しました。

フリルはヤンヤに言いました。

「少し心細い気がするわ。この前の渦では<はてなの国>に行って、自分の色をなくして

しまった。≪おぉ!≫≪あぁ!≫のおかげで取り戻せたけれど。今度の渦では私はど

うなっちゃうのかな?」

ヤンヤは にこっとして 言いました。

「渦をこわがらなくてもいいよ。君のうろこの光が君を導いてくれるよ。ぼくもこの前の渦で

は、〜どうしたらいいんだろう?〜 と思うような事があったよ。」

「ヤンヤに 〜どうしたらいいんだろう?〜 と思うような事が あるの?」

「勿論。そうさ。この前渦を通っている間、ぼくは<飛べないとび魚>になってしまったん

だよ。」

<飛べないとび魚>? ヤンヤが飛びなくなったの?」

「そうだよ。自分が飛べるんだって事忘れてしまって、小さなひれしか持っていないと思い

こんでね。だけど本当はこんなに大きなひれがあるだろう? 渦の中にいる間はその大き

さが≪飛ぶ≫ためのものだという事をすっかり忘れてしまい、『なんて泳ぎにくくて生きにくい

んだろう、なんて重いんだろう』 ってずいぶん苦しい思いをしたんだよ。」

「それで どうやって もとに戻ったの?」

「それはね、鏡っていうのがあったんだ。」

「鏡?」

「そうだよ。それはね、自分の姿をそのまま映してくれるものなんだ。」

「・・・?」

「きみがぼくを見るのと同じように、ぼくはぼくを見ることができるんだ。」

「魔法みたいね。」

「うん。魔法なのかもしれないね。そのおかげでぼくはぼくを知り、ぼくに戻れたんだ。」

「へぇ〜 そういう事があったの。」フリルはヤンヤの話を聞いて勇気が出てきました。

「ヤンヤ、わたし、渦に飛び込む事にするわ。次の新しい海であなたと会えるといいなと

願いながら。」

「うん。きっと、会えるよ。」

ふたりは 激しくさかまく流れに身を投げました。ぴったりと体を合わせて、ひれもしっぽも

ぴったりと合わせて渦の中に、身を任せていきました。渦は大きくうねりをあげながら、

ふたりをのみこみ、ふたりの姿が見えなくなりました。ふたりの体は離れてしまいました。

*

(2) ガラスの瓶

*

激しい流れの中で、フリルは自分の体にふれるものがあったので、見てみるとガラスの瓶

でした。フリルはその瓶にしがみつくようにして、流されていきました。フリルのひれが瓶の

フタにふれた時、突然激しい流れがやみました。そしてあたりは静かになり、フリルはその

静かな海面にいました。目のまえにガラスの瓶が浮かんでいます。

ガラスの瓶には 赤い魚の絵が描いてありました。フリルと同じように大きなひれとしっぽが

ある魚でした。

ガラスに描いてある魚に話しかけてみました。「私はフリル。あなたはだぁれ?」

するとガラスの絵から声がしてきました。「わたしの名前はマリーゴールド。中国の生まれよ」

「中国?」 フリルは それは初めて聞くものでした。

「フフン。バッカね。あなた、中国も知らないの? 私はしもじもの者にはお目にかかれない

皇帝とお姫様に愛される魚よ。」気位が高そうです。

「ごめんなさい。私はまだ中国という海には行ったことがないのです。」とフリルは謝りました。

「海? あぁ嫌だ。私は海なんてところには行かないわ。私は選ばれた金魚なのよ。」

「これは一体はどういう事なのでしょうか? 確か私は海を泳いでいるはずなのですが。」

「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。私は海に行きたくなかったわ。でもお姫様が私をつれて旅行を

する、とおっしゃったからこういう事になったのよ。」

フリルは意味がわからないなりにも 一生懸命耳を傾けていました。するとガラスの金魚が

言いました。「あなた、私のお話をちゃんと聞いてくださる? 聞いてくださるのならお話しても

いいわよ。」あくまでも気位の高い態度は崩さないようです。

「ええ、マリーゴールドさん。あなたさえよければお話をお聞かせ願えますか?」と、フリルは

彼女の話を聞いてみようと思いました。

「それなら、あなたの目と私の目を合わせてみて。その方が早いわ。」

「目と目を合わせるのですか? こうですか?」フリルはガラスの瓶に描かれたマリーゴールド

の目と自分の目を合わせてみました。するとフリルは赤い金魚になっていました。そして周り

の景色が変わってしまいました。海がなくなり、フリルはまるみのあるガラスの容器の中に

いました。容器の中の水は、海の水ではなく、もっと薄い水でした。フリルには初めての体験

でした。

*

(3) お姫様のペット

*

声がしました。「さぁさぁ、マリーゴールド、ご飯の時間ですよ。」それと共に上の方から何か

ふわふわしたものが降ってきました。マリーゴールドは体をくねらせてふわふわしたごはんを

食べました。フリルはマリーゴールドになっているようでしたが、マリーゴールドの体を動かし

たりする事は出来ませんでした。

「美味しい。ふふふ。おいしい。」とマリーゴールドの声が聞こえました。

フリルはマリーゴールドに心の中で話し掛けました。「これは一体どういう事なの?」

マリーゴールドの声が心で響きました。「私がどうしてあんな風になったのか、あなたはお話

を聞くと言ったじゃない? お話を聞くより私の体験を 一緒にしてもらう方が早いと思って

こういう風にしたの。あなたには私の片方の目を貸してあげる。だから見えるでしょ?」

「えぇ、でも 元に戻れるのかしら?」

「あなたがちゃんと私の話を聞いたら元に戻してあげる。それまではあなたに私の目を貸して

あげるのよ。あ、お姫様が来たわ。」

足音がしてさっきの声がしました。「マリーゴールド。マリーゴールド。」

金髪の長い髪をした少女が現われました。顔と手が歌姫・ファイアー・オパールと似ていまし

た。歌姫は人魚でした。現われた少女は 半分が人魚に似ていました。人魚の上半分、つま

り、人魚のうろこがない部分がよく似ていました。

「わたしはあなたを置いていけないわ。ねぇ、マリーゴールド。お父様にお願いするわ。きっと

お父様はわたしの願いを聞いてくださる。」

マリーゴールドの飼い主のお姫様がそう言った時、物音がして、また別の声がしました。

「ローズマリーどうかわかっておくれ。この旅は長い船旅だ。金魚などつれていくのは無理だ」

「嫌よ。私はマリーゴールドがいっしょでなければどこへも行かないわ。お母様がいらしたら

きっとこんな旅はしなくてもすんだのに…」

そう言ってお姫様は泣きました。

マリーゴールドはフリルに言いました。「この時お姫様はお母様をなくし、お父様は仕事が忙

しく、ご一緒にいられなくなるから、お父様の遠い故郷へ船旅をする事になったの。」

*

(4) 豪華客船

*

マリーゴールドは続けました。

「私は海に行きたくなかったわ。船なんて乗りたくなかったわ。お姫様が乗られるのだから

私もついていくしかなかったの。」そこまで言うと、画面が変わり、目の前に大きな船が見え

ました。

「これが豪華客船よ。何ていう名前の船だったかしら。忘れてしまったわ。」

マリーゴールドはフタ付のガラスの容器に入れられて、お姫様に大事に抱えられて、船に乗り

ました。その容器は、フリルがはじめにマリーゴールドと出会った時のガラスの瓶でした。

「こぼれてはいけないから、とフタ付の容器に入れられたのよ。」とマリーゴールドは言いまし

た。「私達は2等客室に入ったわ。」

「2等客室?」フリルははじめて聞くことばを聞き返しました。

「客室には1等客室と2等客室と3等客室があったの。あなたは知らないようだから説明して

あげるけど、1等客室というのはね、お金持ちや王様や姫君の為の部屋。2等客室は、市民

の中でも少しお金のある人の為の個室。3等客室はお金のない人たちの為の大部屋。」

と マリーゴールドは言いました。

「マリーゴールドさん、あなたの飼い主だったローズマリーさんはお姫様ではありませんでした

か? どうして2等客室なのですか?」とフリルは訊ねました。

「う。」と マリーゴールドは声を詰まらせました。

「ごめんなさい。いけない事を言いましたか。お気を悪くされたなら、ごめんなさい。」とフリル

は謝りました。

マリーゴールドが泣いているのを感じました。

「そうです。私の飼い主だったローズマリーは、お姫様ではありません。でも私にとってはお姫

様だったのです。私は小さい頃からお姫様に育てられ、他にお友達はいません。金魚という

魚でいながら、金魚というものがどんなものなのか、私は知らないのです。お姫様のお母様が

病弱で家にあまりいない為、かわいそうに思ったお父様がお姫様に せめて慰めに、とどこか

からわたしをもらいうけて、お姫様といっしょに過ごしてきたのです。」

「そう。そうだったのですか…。ごめんなさいね、そんな事とは知らずに聞いてしまいました」

「いいえ。いいのです。私はローズマリー様がお姫様だと思いたかった。そしてお姫様とお呼

びして生きてきたの。私は水のない世界で、ローズマリー様が与えてくださる水とごはんだけ

で生きていくしかないの。ひらひらと、お姫様の前で泳いでみせるととっても喜んで下さるわ。

私にはお姫様の喜びだけが、私の喜びだったの。」

フリルはしんみりと 聞いていました。

フリルはマリーゴールドの目からお姫様がマリーゴールドに話しかけるのが見えました。

「マリーゴールド。あなただけがわたしのお友達よ。」

*

(5) 遭難

*

場面が変わり、マリーゴールドはローズマリー様といっしょに船室にいました。海が荒れてき

たのか、部屋ごとが揺れています。マリーゴールドは口の広いガラスの器に入れられていた

のですが、水がこぼれるのでお姫様は口の閉じられる、つまり、フタ付のガラスの瓶に入れ

なおそうとしていました。が、うまくいきません。部屋が揺れて、安定がとれません。水はいっ

ぱいこぼれてしまいました。

その時フリルは マリーゴールドに言いました。「マリーゴールドさん、今度はあなたがお姫

様のお手伝いをする番よ。」

「どういう事?」

「あっちの器まで 飛び跳ねてみようと思うの。」

「え? そんな事できるの? 私はした事ないわ。」

「大丈夫。ちょっとの間、あなたの体を半分私に貸してくださいますか? ふたりで力を合わ

せればできるわ。」

「こわいけど…。 ええ、いいわ。」

フリルは マリーゴールドのひれやしっぽを 自分の体のように使えるのを確認しました。そし

て、フリルは部屋の揺れに乗りながらマリーゴールドと調子を合わせて思いっきりガラスの器

でジャンプしました。

 ぴょん!

 バチャン!

何度かガラスの器の中で弾みをつけて、今度は あっちのフタ付ガラスの瓶まで飛ぶのです。

「せぇの!」

ふたりは声を合わせて 飛びました。

 ぴょーーーん!

 ザプン!

成功しました。

「マリーゴールド! あなたって…凄いわ! 何て素敵なんでしょう!」

お姫様は感激して言いました。お姫様はフタを閉めたガラスの瓶のフタを大事そうにかかえ

こみました。その時、大きく船が傾いて、お姫様は倒れました。何度も大きく傾き、お姫様は

とうとうマリーゴールドの入っている瓶を持っている事は出来ませんでした。瓶は床へ落ちて

ころころところがり戸を開いて入ってきた水に浮かびました。

「マリーゴールド!」

お姫様の声が聞こえたのはそれっきりでした。海面に浮かんだ瓶の中でマリーゴールドは

お姫様の姿を探しました。しかし見えるのは船の残がいと、海と空だけでした。

「私はお姫様の姿が見えない限りは死ぬ訳にはいかない。と思ったの。必死で祈ったわ。

どこの誰に祈ったのか、覚えていないけれど、誰かが私の祈りを聞き届けてくれたのね。」

マリーゴールドがそこまで話した時、ふいに フリルはマリーゴールドの目から離れ、自分

に戻るのを感じました。そうしてフリルは目の前のガラス瓶に描かれた金魚のマリーゴールド

をみつめました。

絵のマリーゴールドは言いました。「私はお姫様に会うまでここでこうしてずっと待っているの」

「そうだったの。」とフリルは言いました。

*

(6) 自由な海

*

その時、頭の片隅で 光るものを感じてフリルは言いました。

「ねぇマリーゴールドさん、あなたは私に目を貸してくださったから、今度は私はあなたに私

の体をお貸ししましょうか?」

「どういう事?」とマリーゴールドは訊ねました。

「私はいつもこの広い海を自由に泳ぐわ。あなたにもこの海を泳いでもらいたいの。とっても

気持ちがいいのよ。」とフリルはひれやしっぽを思いっきり伸ばしながら言いました。

「え、いいのかしら? 本当に? 私はあなたにずいぶん冷たい事を言ったわ。それでもこの

私に貸して下さるの?」

「ええ。」

「嬉しい。」

ふたりは又目と目を合わせました。そして、フリルはマリーゴールドのこころを感じました。

ふたつの心臓があるかのように、胸のあたりでフリルとマリーゴールドは一緒になりました。

そして、フリルの目の前にあったガラス瓶から、金魚の絵が消えてなくなり、ガラス瓶が沈ん

でいきました。

ふたりはフリルの体を使って泳ぎはじめました。はじめはゆっくり。段々と深く潜ったり、早く

泳いだりして自由にひれとしっぽが動くのを感じ、海流に乗っていく軽快さを感じました。

深く深く潜った時、そこには船がありました。

お姫様とマリーゴールドがいっしょに乗った豪華客船がありました。フリルがマリーゴールドの

目を通して眺めた時の綺麗なままの船でした。

「マリーゴールド!」と声がしました。お姫様の声でした。

マリーゴールドはフリルの体のまま、お姫様の声のする方へ泳いでいきました。お姫様が船

の近くにいました。マリーゴールドはフリルの体をぬけて、お姫様の胸元へ飛び込むように

泳いでいきました。

「あぁ、会いたかったわ。マリーゴールド。」

「私も。お姫様。」

「もう、離れない。」

ふたりは抱きあい、きらりと光るあぶくになって消えました。

そしてマリーゴールドの声が聞こえました。「フリル。ありがとう。ありがとう」

*

フリルの目の前には綺麗な豪華客船ではなく、崩れはてた船の残がいが海底に沈んでいる

のが見えました。船の残がいのそばにはマリーゴールドの絵がついていたガラスの瓶がある

のも見えました。フリルは涙を流しながら、そっと言いました。

「マリーゴールドさん。お姫様とまた会えてよかった。」

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《第4章》 凍れる海

(1)氷の洞窟

*

フリルは今まで来た事のない、自分にとって新しい海にたどり着こうとしていました。

冷たい寒い流れをたどり、厚い氷がところどころ海の上を覆っているのでした。

フリルは、深海で会った、あんこうのおばさんのあんちゃんに占いをみてもらいながら言われたことを

思い出しました。

「あんたはきっと、温かい海流も冷たい海流も、泳ぎきっていくだろう。

あんたはあらゆる環境にも適応していく体とうろこを持っている。

そうして寒いところに住む魚の話も聞き、

灼熱の太陽光線を受ける熱海の魚にも会うだろう。」

フリルは考えていました。

「今まであたたかな海にいたわ。流れの激しい渦にももまれたけれど、それでもあたたかな海流だっ

たわ。こんな風に冷たい海流は初めて。寒いっていうのはこういうものなのね。どんな所にも適応し

ていく体とうろこを持っている、とは言われたけれど。本当かしら?」

太陽光線があまりささず、海は暗く、あまり先が見えませんでした。

「深海とはまた違うような暗さね。」とフリルはつぶやきました。「何となくさみしいような気分。こんな

時ヤンヤがいっしょだったら良かったのに…」

そこまでつぶやいた時、目の前に氷のかたまりが見えました。藻の色をうすくしたような色の氷のか

たまりでした。氷でできた門のように見えました。フリルは門をくぐりました。

するとその門はずっと続いていて、洞窟のようになっていました。奥に進んでいくと広くなっていて、

どんどん奥に続いているようでした。他の入り口からも入ることができるようで、小さな青い魚の群れ

がフリルの目の先を通っていくのが見えました。

洞窟の中には何億産卵前に海がふたつに割れて魚の戦いがあった事をあらわす絵や、その頃の

まま残っている古い氷がありました。それは冷たいだけでなく、さみしい香りがしました。

奥に進んでいくと、かつてはここが熱帯の海であった、という事をあらわすものがありました。熱帯の

海にしか生えていない海草が凍っていました。

フリルはこれらのものを見ながら思いました。「まるで時がとまっているかのよう…」

フリルはひとつの洞窟の部屋を見て、次の洞窟の部屋へ進んでいきました。

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*

(2)白砂の谷の若者たち

*

フリルはそこで あっと驚きました。

フリルがかつて棲んでいた白砂の谷の仲間とそっくりな魚が 沢山凍ったまま そこにいました。彼ら

は若い男の魚でした。もしかしたらじゃじゃ馬ジェーンのいた頃、谷から冒険に飛び出した若者たち

なのかもしれません。フリルは凍った若者たちの前に立ち、彼らに話しかけてみました。

「あの、もしもし、あなたたちはもしかして白砂の谷にいらっしゃったのではありませんか?」

何も、誰も返事をするものはいませんでした。その時フリルの前を何かが立っているように感じまし

た。うながせられるような気持ちがして、凍った若者たちの横の氷壁をふれてみました。すると、ふれ

たところに絵がいくつか浮き上がってきました。

*

  ひとつめは、若者たちの魚が泳いでいる絵。……「白砂の谷の若者たちね。」

  ふたつめは、太陽と月と星の絵。……「いくつもの太陽や月を眺めてすごした、数産卵ってことね。」

  みっつめは、海草の森を泳いでいる若者たちの絵。……「いくつもの海を泳いだのね。」

  よっつめは、四角の絵。……「これは、氷かしら?」

  いつつめは、同心円の絵。……「時がとまった、という事かしら?」

*

それを見ていると フリルのうろこが何かを感じて、歌が出てくるような感じがしました。歌ってみる

ことにしました。

***

若者たちの歌

*

ふるさとを離れ はるかな旅路をたどり

夢をみて ここまで来たのだけれども

ぼくらは 何を求めて何を探して

ここまで来たのだろうか、忘れてしまった…

*

思い出すのは 懐かしいふるさとよ

夢をみて ここまで来たのだけれども

新しい海の世界を たどり

かずかずの冒険をしたのだけれど、けれど…

*

共に冒険をして それをわかちあおうと

夢をみて ここまで来たのだけれども

ぼくらは 愛をわかちあえない

帰るみちを知らない、ふるさとへ帰れない

*

冷たい流れに乗って、凍る海へ

夢をみて ここまで来たのだけれども

 このまま先へ進めず ひきかえせず

このまま凍りつき、眠るとしても、ただ思い出す

*

ふるさとへ…

ただ ふるさとへ…

思いは ただ ふるさとへ…

***

*

フリルは歌い終わった時、めまいを感じました。危険を感じたとたん、突然水もまわりも一度に激しく

揺れ始めました。フリルのすぐ左の氷の壁が割れ、まわりの水が一度に左へ流れてフリルはその割れ

目の間に吸い込まれてしまいました。

*

(3)氷の宮殿

*

フリルはどこをどう来たのか、気がつくと氷の回廊にいました。海草や岩などがきれいに並んで柱を

作っていましたが、それらはみんな凍っていました。熱帯の海で灼熱の太陽光線をあびて、きらきらと

かがやく海原で見られる海草や珊瑚たちが、そこでは時をとめたように凍りついていました。

そこは 氷の宮殿でした。

「美しいけれどさみしい所ね、ここは」とフリルはつぶやきました。「誰もいないのかしら?」

奥へ奥へと進んでみました。すると広くてほの暗い部屋に出ました。その部屋の向こうの方に何か

あかりが ほぉ と見えたような気がしました。

「陰気な感じ。行くのやめようかな。でもせっかくここまで来たんだし…」とぶつぶつ言いながらフリル

は進んでみました。

そこには大きな魚の形をした石がありました。その石は氷のように見えました。そしてところどころが

光っていました。

「石? 魚の形をした石なんだわ」とフリルが近づいて言った時、「そうかもしれん」と声がしました。

「誰? 今誰が言ったの?」

「そちの前にいる。」

「私の前にいる? あなたが、言ったの?」とフリルは目の前の石の魚に訊ねました。

「そうじゃ。わしは 何産卵もの長い年月を越えてこの海を泳ぐ シーラカンス じゃ。」

「シーラカンス? それがあなたの名前なの?」

「シーラカンス という種類の魚じゃが、わしの名前は じぃらがんす。じぃらと呼んでくれ」

「はい、じぃらさん。」

「じぃら、だけでいい。」

「じぃら。わたしはフリルと言います。白砂の谷から来ました。」とフリルは自己紹介しました。

「フリル。わしは白砂の谷のものと 会ったことがあるぞ。何にんもの若者じゃったような記憶がある。」

「え、それは本当ですか。じぃら。その時の話を聞かせてもらえませんか?」

「いいが。まずここがどこで、どうしてわしが今こうしているか、という事を先に言わねばならんのぉ。」

「そうですね、ここは一体何処なのでしょう?」とフリルは訊ねました。

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*

(4)シーラカンスのじぃらの話

*

わしは昔 あたたかい海流も冷たい海流も自由に泳いでおった。

その時でさえすでに『海の長老』

と皆に呼ばれておったがの。ホッホッホ

おぉおっと、危ない。

いや、あまりにも長い間じっとしていたので動かし方がわからなくなったのだ。

ちょいっと動いてみようか。どっこいしょ。

おぉ、まだ動くようじゃ。

わしの体は半分化石になっておるが、もう半分はまだまだいけるぞ。

何とか この広間を泳げる…。

*

そうじゃ、ここは氷の宮殿。

その昔、この大きな海が二つに分かれたことがある、というのは聞いた事あるかな?

ん? 少し聞いたか。そうか。

そちも知っておろうが、海というのは

浅いところ深いところ、潮の流れの速いところ、ゆっくりしたところ、

というように色々なところがある。

それぞれの海域にはそれぞれの環境に適した魚が棲んでおる。

海には色々な生き物がいて、それでなりたっておるのに、ある時ばかな魚がいたんじゃよ。

何て名前じゃったかな?

「ヒットリ」だったかな? 「ヒトリ」だったかな?

海亀をつかまえて「お前はなぜそんな大きな甲羅を持っているのか?」と言って

「俺にもよこせ!」だとか言いだして、それから海を争いに巻き込んでしまったのじゃよ。

*

わしは海神ポセイドンに 頼みに行った。

争いの海を何とか元通りの平和な海に戻るように,と。

海神は言った。

「起こってしまった出来事というのは元には戻らない。

争いが起こってから、争いが起こる前に戻るという事は出来ない。

起こってしまったものは起こってしまったもの。」

わしは それを聞いてうめいた。なるほど、確かにその通りだ。

しかし、このまま放っておく訳には行かない。

海神は言った。

「それでは、わしは氷の女王に頼んでみよう。」

氷の女王というのは冷酷なひとだと聞いていたのじゃが…と申し上げると、

海神は言った。

「氷の女王というのは わしの妻・太陽のもうひとつの顔じゃ。

あの燃える太陽と、冷たい氷の女王はまるで違う、正反対のように見えるだろう?

しかし、燃える炎と凍らせる冷気、どちらか片方だけではこの海は成り立たないのだ。」

海神の話を聞いて、わしは氷の女王に直々に頼みに行く事にしたのだ。

そして、ここが氷の宮殿なのじゃ。

*

(5)氷の女王

*

じぃらは そこまで言うと、ふぅ、とため息をついた。

フリルは訊ねました。「それではこの宮殿に氷の女王がいらっしゃるのですか?」

「む。今はいらっしゃるのかどうかはわからん。何産卵もの長い間、さっきそちがわしを起こすまで

ずっとわしは眠っておったのだから。眠ってるのが長かったと見えてずいぶんと体が石になってしまっ

たよ。ホッホッホ。しかしまだ半分は生身の体じゃ。残りは蛍石になってしもうたがの。」

じぃらは、軽く体を動かすと話を続けた。

「さて、氷の女王に会いに行った話をしようかの。」

*

わしは海神ポセイドンの使いである、という形で氷の女王に会いに行った。

海神からの手紙を渡しに行く使命も確かにあったからのぉ。

そして女王に直々に会った。

わしは 海の争いの状況を説明した。そして何とかなりませんか?と言った。

美しい氷の女王は言った。

「争いは起こした魚がそのしまつを自分で引き受けるだろう。

争いに巻き込まれた魚は巻き込まれるだけの理由があったのだろう。

それもいずれ自らの身でそのしまつを引き受けるだろう。」

確かにそうであろう、とわしは思った。

が、しかし、このまま手を打たずに眺めているとますます争いは大きくなるばかり。

何とかお願いできませんか? とわしは頼んだ。

すると氷の女王は言った。

「わしは直接個々の魚の生活に関与してはならんのだ。

今回も直接争いを止めることは出来ない。

しかし……

眠らせることならできる。」

眠らせるというと、夜の睡眠ですか?とわしは尋ねた。

女王は答えた。

「そんなものではない。もっと長い眠りだ。長い長い氷の眠りだ。

今からしばらくこの海には太陽は遠ざかり、氷の女王が治める。

そして全ての海は凍れる。海に生きるすべての命は凍れたまま眠るであろう。

時も止まる。何故ならば珊瑚礁の産卵が止まるからじゃ。

長い長い眠りが全てのものを包み込み、長い夢をみる。」

長い夢でござりますか?とわしはあっけにとられた。

「そうじゃ。眠りと夢は失われていた夢を取り戻させる。

大事なことは争いではない。

他の魚の泳ぎなんてどうでも良い。その個々の魚ならではの泳ぎがあるだろう。

個々の海域があるであろう。何をうらやむことがあろうか。

自分のうろこ、自分のしっぽ、自分の目を大切にしないから他の魚と争う事になるのだ。

海というのは全ての魚全てのいきものがいてこそ成り立つものなのだ。

凍れる眠りの中で、時を止めて、忘れていたものを取り戻すであろう。」

わしは 口をぽかんと開けて 聞いておった。

何も言えなかった。

「さぁ、行け。

じぃらよ。そなたはそなたが共にすごしたい魚と一緒にいるが良い。

早く行け。もう間もなく 海が凍る。さぁ行け!」

わしは急いで氷の宮殿を出ようとしたのじゃが、出るまでに、眠ってしまったのじゃ。

*

(6)若者たちの迷い

*

じぃらは氷の女王と氷の宮殿の話を終えました。フリルは訊ねました。

「今までここで眠っていて、もうとっくに氷が溶けているのはご存知なかったのですね」

「いや。とうに氷が溶けているのは知っておったが、眠りはここちよいから、ずっとずっと眠っておった。

そしたらうろこが大分 蛍石化してしまったんじゃな。ハッハッハ。」

「眠っていても氷が溶けていると、なぜわかったのですか?」

「うむ。わしは生きている化石とも言われる しぃらかんす じゃ。起きている時でも眠っているようなも

のじゃ。だから眠っておっても起きている時と同じように、他の魚に会いにいける。」

「そんな事ができるのですか?」

「おぉ。できるんじゃよ。そちもできるのではないかな?」

「私も?」

「そうじゃ。わしは夢の中を自由に散歩できるのじゃ。夢ん中散歩は楽しいぞ。ハッハッハ」

*

「おおそうじゃ、そちの言うておった<白砂谷の若者たち>の話じゃが、わしは夢の中で会ったぞ。」

「じぃら、その時の話を聞かせてください。お願いです。」とフリルは頼みました。

「うむ。あれはもうとうに7つの海の氷は溶けていたが、この氷の宮殿のあたりだけが凍ってるという時

じゃった。若者たちは氷の宮殿につながっている、氷の洞窟にはまりこんでぬけられなくなったんだな。

そちは知っておるか? 氷の洞窟は一歩間違うと迷路になっていてぬけられなくなる。しかし、うろこの

光がしっかと輝いておる魚は迷いこんでも、うろこの内に秘めた情熱の炎が氷を溶かし、迷いを溶か

す。洞窟に迷う事でかえってその魚の持っているうろこの真実の光が強められるのじゃ。」

「おっしゃることは何となくわかります。」とフリルは言いました。

「うむうむ。しかしその若者たちは、洞窟に迷っているのではなかった。みずからの進むべき海流に迷っ

ておった。≪冒険がしたい≫と言ったり≪こんなはずではなかった。≫と言ったり≪故郷へ帰りたい≫

と言ったり≪いやもう故郷へ帰る事はできないんだ≫と言ったりしていたよ。」

「わたしはさっき 凍りついた彼らのいる所で≪故郷へ帰りたい≫という彼らの声を感じました。」

「ふむ。そうか。つまり体が全て凍りつくぎりぎりまで彼らは迷っていたんだな。わしに会った時に≪ぼく

達は故郷に帰りたいんです≫と言えば教えてやったのに。≪故郷は捨てた≫だの≪捨てられたんだ≫

とか≪ぼくらは故郷では生きていけないんです≫だのと口々に色々な事を言って、本当にどこそこへ

行きたいんだ、という事を言うものはひとりとしていなかった。」

フリルは黙って聞いていました。

「それで、とうとう体が全て凍りついてから≪故郷に帰りたい≫と思ったのじゃな。」

「それでは若者たちは故郷に帰れなかったのでしょうか?」

「うぅむ。きっと若者たちの魂は故郷に帰ったのじゃないかな。本当のところは誰にもわからんが、わし

はこう思うよ。体は洞窟で凍りついてしまったが、彼らの魂はきっと故郷に帰っただろう。と。」

フリルはややうつむきながら言いました。「そうなのでしょうか。そうだといいですね。」

*

(7)夢の石

*

「さて、フリル。そちはこれからどこへ行く?」とじぃらは 宮殿の回廊を共に歩きながら尋ねました。

「どこへ、というあてはないのですが、会いたい魚がいます。」とフリルは答えました。

「そうか。それではこっちへおいで。」とじぃらは、凍りついた熱帯の海の庭へフリルを案内しました。

「ここはもともと太陽光線が強い熱帯の海だったのじゃが、氷の女王が全ての海を凍らせた時、凍りつ

いて、そのまま残っておるのじゃ。しかしこの庭の植物たちは今も熱い海の夢を見ている。激しい波や

大きな海流に吹かれてゆらめいている、その時のままの夢を見ている。なぜこんなに長い夢をみてい

られるのかわかるか?」

「わかりません。氷の宮殿の庭だから、ではないですか?」とフリルは言いました。

じぃらは にこっと微笑むと答えました。

「それはな、この庭の真中には≪夢の石≫というのがあるからじゃよ。」

「夢の石?」とフリルは訊ねました。

「そう。こっちをみてごらん。」

じぃらにうながされて凍った植物の茂みの中を覗いてみました。そこには大きなうすいピンク色の石が

ありました。それはフリルの体よりも大きく、じぃらの体より少し小さく、四角い形をしていました。

「その上に乗ってごらん。」

言われるままフリルはその上に乗ってみました。すると 目の前にヤンヤの姿が見えました。

「あ。ヤンヤがそこに…」

じぃらはニコニコして言いました。

「フリル、そちは会いたい魚に会いに行くがいい。会いたいと強く願えばそちの思いのままに瞬間的に

行きたい所へ行ける。迷ったり、会ってくれるのかな、などとクヨクヨ思ってはいけないよ。そう思えば

そう思ったところへたどりついてしまうからな。…わしは時々この石を使って遠い海のはてにいる魚に

会いにいくのじゃ。」

「はい。わかりました。」フリルは呼吸をととのえて、思いきって言いました。

「私はヤンヤに会いたい。私はヤンヤに会いに行く。」

次の瞬間、フリルの体は飛んでいました。じぃらにお礼を言う間もありませんでした。 7ページめへ続く

 

 

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