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海洋冒険ファンタジー

  フ リ ル 〜 歌う魚

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《第6章》 東の海

(1)香る海

(2)香りの秘密

(3)ヤンヤ 再び

(4)旅立ち

8ページ目作成 2003/08/29〜

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《第6章》 東の海

(1)香る海

フリルは東の海をめざして泳いでいました。いつだったかヤンヤは話して聞かせて

くれた事がありました。若い頃東の海へ旅したことがあった、と。

ヤンヤは確かこう言っていました。

*

「東の海にはいくつもの魚の国があってね、とても面白かったんだよ」

フリルはその時ヤンヤに質問をしました。

「どんな国があったの? どこが一番面白かったの? もう一度行くのならどの国に

行って見たい?」

ヤンヤは笑って答えてくれました。

「ハハハ。フリル、そんなに一度に沢山質問されても答えられないよ。そうだね、僕

が今行くんなら〈香る海〉という所にもう一度行ってみたいな。」

〈香る海〉? それはどんなの?」とフリルは興奮しながら訊ねました。

「名前からわかるようにいい香りがするんだけどね。そこの海は不思議な事に潮騒

の音と一緒に香りがするんだ。」

「どんな香りなの?」

「それはその時々によって違うんだ。だけどとってもいい香りなんだ。海底の砂や

貝からも香りが漂うんだ。だけどその香りと香りが重なるととっても深い香りになる

んだよ。まるで海草のしげみの中に潜って昼寝をしているような気分になるんだよ」

「へぇー・・・ いいわねぇ。私も行ってみたいわ」フリルは話を聞いているだけで、

うっとりしてきました。

「行けるよ。きっと。」とヤンヤはフリルのひれにふれながら言ってくれました。

「多分。きっと、ふたりで一緒に。」

「ええ。きっとふたりで一緒に。」

*

フリルはヤンヤと話した時のことを思い出しながら、流れに乗って泳いでいました。

〈香る海〉。そこにヤンヤがいるのかどうかわからないけど、いるような気がする」

**

海流は急旋回し、大きな岩と岩の間の細いうねりをぬけました。するととたんに目

の前が開けて、新しい海が現われました。それと同時に芳しい(かぐわしい)香りの潮

が吹いてきました。そこは〈香る海〉です。

(2)香りの秘密

〈香る海〉にたどりついたフリルは、いい香りに導かれるように進んでいきました。

すると、ひろびろとした青い海の下で白い花が咲いている所まできました。

白い花。それは海百合(うみゆり)でした。

それは歌うように咲いていました。潮の流れに踊るように揺られながら咲いていまし

た。色とりどりのヒトデが散歩をしてわきを通っていきました。ヒトデもいい香りです。

その先をゆくと 海草の森がありました。海草の深いみどりの香りも気持ちいいです。

こんなに沢山の種類の香りがあるのに、どれひとつとして香りが香りをじゃましたり

喧嘩したりしていない。お互いの香りを混ぜあいながらかえって深い香りとなってい

る…。

フリルは今まで当たり前のことのように感じていた事を、あらためて思い、感じました。

自然にあるがままのその世界では、どんな色も香りも光も、何かが何かを圧したり壊

したりせずに、何と調和していることだろう。こんなに色とりどりの色がありながら、

こんなに色々な香りがありながら、それでいて深みと調和と、全体へのハーモニーと

なっているのだ。

何かを持ちすぎている魚はいない。何かが不足している魚もいない。いつだって必要

なものは海からいただいているのだ。例え今目の前に大きな魚があらわれてパクリと

食べられても、フリルはその大きな魚の命の一部となるのだ。それもこの海、青い、

大きな海の一部として生きることに違いはないのだ。

フリルは 今感じたことの大きさ、豊かさに 心打たれました。

海に生きているフリルは、海と同化して生きているのに、たまにこういう海ではない所

からの視点でものを考え感じ、感動する事がありました。

「これって 《秘密》 なのかしら? だれも取り立てて取り上げて言わないけれど、

隠されていない秘密、というようなものじゃないかしら? どうぞ持っていってください、

というくらいにふんだんにそこいらじゅうにありふれているけれど、こういうさりげない

光景が 実は何て素晴らしいことなんだろう。」

フリルは幸せを感じました。

「し・あ・わ・せ。幸せって、満たされているって感じ。ふふふっ」

フリルはヤンヤから以前教えてもらった口笛を吹きました。

「♪〜。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*」

しばらく吹いていると同じ調子の口笛がどこかから聞こえ、ふたつの口笛の音が

重なりました。

  「♪〜。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*」

        「♪〜。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*」

「♪〜。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*」

*

(3)ヤンヤ 再び

フリルは聞こえてくる口笛の方向に泳ぎ行ってみました。相手の口笛の音と自分の

口笛の音を重ねたり、すこしずらせたりしながら、その口笛の方向を感じながら泳

いでいきました。

今まで嗅いだことのないような香りがしてきました。見慣れない蔓状の海草に丸い

実がいっぱい実ってぶらさがっていました。

その海草の実が甘酸っぱいおいしそうな香りを放ち、だんだんと、今すぐに食べてし

まいたくなるくらいになった時、ヤンヤがいました。

ヤンヤはたわわに実った実がふんだんにあるところに座っていました。

すました顔でフリルが来るのを待っていました。

*

「ヤンヤ。やっぱりあなただったのね。」とフリルは思いました。ヤンヤの姿が見える

と、フリルは耐えられなくなり、ヤンヤのところまで走っていきました。ヤンヤもフリル

に向かって走り出し、ふたりはかぐわしい実の香りのただなかで再び出会い、再び

かたく抱きあいました。

その時、もはや言葉はなく、お互いに相手と自分を食べてしまうように、味わいつくし

ました。お互いを味わいつくした後、ふたりはかぐわしい香りの実を一緒に食べました。

*

会えるのをずっと待っていた。離れていても一緒だったけれど、再び出会うと

やはりふたりは一緒にいるのが必要なんだ、とフリルは思いました。

ヤンヤの長いひれにつつまれながらフリルは言いました。

「何だか私ばっかりあなたの事を待ってるみたいで、つまんない。早く会いたかった」

「ぼくだって、君と会う日をずっと待ってたんだぜ。」とヤンヤは言いました。

「それにしてもあの口笛。あなたの口笛を追いかけてここまで来て、やっと会えた時

何ともいえなかったわ。」

「フリル、待たせて悪かったね。きみがこの〈香る海〉あたりまで来ているというのは

深海の占いをするあんこうのおばさんに教えてもらってわかってたんだけど、きみと

はここで会いたかったんだ。」

「あんこうのおばさん? あんちゃんのこと?」

「そうだよ。フリル、ここは〈香る海〉の中でいちばん香りがみちあふれている所でね。

どんな願い事も叶えることができる所。どんな魚も持っているこころの奥にある、願

い事に共通している〈時のはからい〉という働きをしているところなんだ。」

〈時のはからい〉?」

「別の言い方では〈求め与えられる時〉とも言うんだけど。」

〈求め与えられる時〉?」

「そう。ぼくはきみに会いたかった。会いたくてたまらなかった。その時深海へ行くたこ

つぼに入ってしまって、あんこうのおばさんに会ったんだよ。そしてきみの話を聞き、

また会いたいと思っていた望みがかなえられた。ぼくの求めている気持ちにこたえて

くれるように、潮の流れが再びぼくときみを会わせてくれた。求め、それに対して、

与えられるという時(タイミング)がぼくたちにおこった。

求め、それに対して、与えられるという時(タイミング)……。このおいしい、たくさんの

実を食べるという事も、ヤンヤに再び会う事も、求め与えられた事……。」フリルは

そうつぶやきながら、どの海に行っても必ずヤンヤを思い起こしていた事を思い出し

ていました。

「寒い凍れる海に行った時でも、あなたといっしょだったらどんなによかっただろうか、

と思ったわ。あなたが目の前にいたらどんな話をして、どんなことを一緒に体験して、

と考えたわ。離れていると余計にあなたを求めたわ。」

ふたりは じっとみつめあいました。どれくらいの時間がたったでしょうか。

何を話すというわけでもなく、共に時をすごし、こころをわけあい、わかちあいました。

夜がきて、新しい朝がきました。

*

フリルはめざめました。その時フリルのかたわらの実がはじけてたくさんの種が飛び

散りました。種は潮の流れに乗り、みるみるうちに海高く遠くへ飛んでいきました。

フリルの胸に何かがよぎりました。

「実り、熟し、種を作り飛ばす…。この植物にはそれぞれの時にそれぞれの働きを

する、そういう時計を内側に持っているのかもしれない。私ももしかしたら私の時計と

いうのが内側にあるのかもしれない。旅をする時。色々な魚と出会う時。恋をする時。

そういう時・時が、あるのかもしれない。」

そこまで考えた時 フリルは ヤンヤがねがえりをうつのを見ました。

「ずっと一緒にいたい、と思ったけど。でもそれが叶わなくてもいいんじゃないかな。

自然にまかせていれば、この海の潮の流れに乗っていけば。また会える。」

そう思った時、フリルの心は落ち着いていました。ほんの小さな一粒の涙のさみしさが

ありましたが、その涙が流れ落ちた時、さみしさは穏やかさに変わっていました。

*

(4)旅立ち

ヤンヤが起きてきて、フリルに夢の話をしだしました。

「フリル、ぼくが見た夢は綺麗だったよ。そこは虹色の潮の流れに乗る所なんだ。」

「虹色の潮の流れ? それってどんなの?」

「そのあたりはいくつもの潮の流れがあわさって、からみあって幾何学模様っていうん

だろうか? あ、そうだ、レースフィッシュって知ってる? しっぽがきれいな編み模様

(レース)になってる魚がいるんだ。虹色の流れがひとつの模様を作り上げているんだ」

「ヘェ…綺麗ねぇ。」フリルは感心して聞いていました。

「それでね、その潮に乗るのはコツが必要だったんだ。流れにまかせて、というのは又

違うんだよ。流れに乗る、は、乗っただけじゃダメでね、乗ってしっかり泳ぎきらないと

その潮から落っこちてしまうんだ。しっかりといっても力を入れるのじゃなくて、気持ちの

持ちようが大切なゲームだったんだ。」

「ゲーム? それは自然の潮の流れじゃなかったの?」

「自然なものなんだけどね、そこはたくさんの魚が集まって、その虹色の潮に乗るのに

チャレンジしていたんだよ。」

「不思議ねぇ…」フリルはヤンヤの話を聞きながら、さっき考えていたことをぼんやりと

思いかえしていました。そのもやを破るかのようにヤンヤが言いました。

「旅立ちの時かもしれないね」

「え?」

「ぼくたちは時のはからいによって再び出会えた。そして、また旅立っていくんだ。

今度は一緒に旅立とう。ずっと一緒に、という風になるかどうか潮の流れしだいだけど

ここを出発して、君の知らない東の海や ぼくもまだ知らない海があるだろう、そこへ

行こう。いろいろな海を旅しよう。」

フリルは嬉しくなって、うなずきました。本当に嬉しくなって子供の時のような無邪気な

顔で微笑みました。

「これから先ずっとふたり一緒かどうかわからないけど。ふたりで旅立とう。」

その時ふいてきた潮の香りは、ふたりの旅立ちを祝福するような柔らかな海百合の

香りでした。香りほのかな潮に乗り、ふたりは旅立ちました。

おわり

 

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