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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

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〜1 プロローグ〜

むかしむかし、ヨーロッパとアラブの間の小さな国にサラジーナ

という名のジプシーの少女がいました。

ジプシーは家というものがありません。町から町へ国から国へと

流れてくらすのです。馬に荷車をひかせ、ほったて小屋やキャ

ンプをたてて住んでいました。

そして、人々に歌を歌って聞いてもらったりおどりをおどって

みてもらったりして、おかねやたべものをもらってくらしていまし

た。

 

サラジーナはジプシーの仲間と一緒にヨーロッパからアラブに近い

国にやってきました。アラブというのは砂漠のある、暑い国です。

雨があまりふりません。

サラジーナは12才で、お父さんもお母さんもいませんでした。

というのもサラジーナは本当はジプシーの生まれではなかったから

です。どこかの国のおひめさまなのですが、あるじじょうがあって、

ジプシーの長が育てたのでした。

サラジーナはそのことを知っています。というのも彼女が12才に

なった時ジプシーの長に教えてもらったからです。

 

12才の誕生日の朝、サラジーナはばあやに青いベールをかけて

もらいました。ベールにはきれいな金糸でししゅうがしてあり、とても

きれいでした。

「きれい」とサラジーナは喜んで言いました。

「ほっほっほ。本当にきれいですこと」とばあやもうれしそうに言いま

した。「さぁさぁ、長がよんでいますよ。」

「はい。行きます。」

サラジーナは長のいるテントに行きました。

「長、サラジーナです。」とテントの前でサラジーナは言いました。

「サラジーナ。おはいり」

「はい。」と言ってサラジーナはテントに入りました。

「おはようございます。長」

「おはよう。今日はおまえの誕生日だね。誕生日、おめでとう。」

「ありがとうございます。」

サラジーナは手を合わせて長の前で腰をかがめてあいさつをしまし

た。長はサラジーナの頭の上にお祝いのばらの花びらをふらせまし

た。青いベールの上にひらひらと花びらは舞いました。

 

「サラジーナ、今日おまえをここに呼んだのは話をするためだよ。」

「話でございますか?」

「そうだ。おまえのこれからの話だ。おまえは今日12才になった。

12才になったらこのジプシーの仲間から出ていかなければならない。」

「え、出て行く?わたしは出ていかなくちゃいけないの?」

サラジーナは驚いて訊ねました。

長はそばのテーブルをゆびさしました。

「これをごらん。おまえの星の動きだよ。おまえは生まれてすぐわた

したちジプシーのところにやってきた。わたしたち手に預けられた。

時が来るまでおまえはおもてに出てはいけない。ジプシーのひとりと

して生きならなかった。

とある王宮の生まれだという話は前にもしたのを、覚え

ているかい?」

「はい、覚えています。私の本当のお父さんとお母さんはある国の

王族だったのだけれど、暗殺される危険があったので、生まれたて

の私だけでも助かるように、とジプシーに混じって生きてきたのだ、

とばぁやから聞きました。」

長はそれを聞いてうむうむとうなずきました。

「でも長、私のお父さんとお母さんはどこの誰なのか、生きているの

かどうかさえ、教えてもらえなかった。」サラジーナはそう言いながら

涙がこぼれてきました。

「サラジーナ、おまえはもうじき おまえの本当のお父さんお母さん

の所へ行くであろう。」

「え、会えるのですか?」

「今すぐという訳にはいかないが。いずれ会うであろう。それには

まず、ある姫と会うであろう。運命の輪が回るのだ。これをご覧。」

長は部屋の大きな鏡の前にサラジーナを立たせました。誕生日の

飾りをつけたサラジーナが写っています。そこで長が何かをつぶ

やくと鏡はもやがかかりました。

「あ」サラジーナは驚きました。鏡には見た事のない美しい姫の姿

が写っていました。

「今日を最後に、おまえはジプシーから離れ、この姫と出会うだろう。

運命の流れはおまえを導く。やがておまえの本当のお父さんとお母

さんのもとへつれてゆくだろう。そうして本来のおまえの姿に戻るの

だ。」

サラジーナは長の話を聞いて、両親に会いたい、会えるかもしれな

いという期待と、ジプシー達から離れてどうなるのかという不安とで

胸がいっぱいになりました。

そこへばぁやがやってきました。

「お誕生日おめでとうございます。ばぁやはサラジーナがこんなに

立派になられて嬉しゅうございます。」

長はばぁやを見て目で合図をしました。ばぁやはそれに気づいて

言いました。

「サラジーナ、皆が広場で待っていますよ。あなたの踊りの後、あ

なたの12歳のお祝いに、全員で踊りますよ。ホッホッホ楽しみです

ね。ホッホッホ」

そして三人は部屋を出ました。

 

季節は秋。広場の木々は黄色く赤く染まり、青い空によくはえて綺麗

でした。その日はあまり寒くもなく暑くもなく、外で踊るのにいい日でし

た。サラジーナは広場のまんなかに立ち、青空を見上げました。

その空の青さはさみしいようなあたたかいような、何ともいえない、心

に染み入る色でした。空を見上げたまま青い色を吸うように深く呼吸

して、すべてありのままに受け入れていくことを決めました。

片手をくるくると廻しながらゆっくりと腕をあげ、そこから音楽が始まり

ました。パトリッシュがギターをつまびき、マリヤーナが歌い、サラジー

ナが踊りました。

パトリッシュはサラジーナのお兄さんのような人でした。軽快な冗談を

いくつも言ってサラジーナを笑わせてくれました。マリヤーナはパトリッ

シュの恋人で、サラジーナのお姉さんのような人でした。マリヤーナの

長いまつげにふちどられた褐色の瞳を見るとサラジーナはいつも安心

して、心の中の思いを話せるのでした。

 踊りの最高潮に達した時 サラジーナは 体の動きが止まりました。

パトリッシュのギターとマリヤーナの歌がサラジーナの体を包み、何と

もいえない思いがあふれて、涙がこぼれました。サラジーナは泣きなが

ら 今まで暮らしてきたジプシーの生活のあれやこれやを思い出し、つ

らかった事もあるけれど、ジプシーの仲間は優しかった、と感じていまし

た。 そうして あふれる思いのまま、音楽に包まれてサラジーナは踊り

を続けました。

 

サラジーナの誕生日を祝って皆で歌って踊り、やがて夜がきました。

皆でたきぎを囲んでいる時、長が口を切って言いました。

「サラジーナがこうしてわしらといっしょにすごすのは今宵限りだ。明日

サラジーナはここを出ていく。」

それを聞いて皆はざわめきました。

「なんだって、明日出て行くって?」「どうしてなんだ?」

長は両手をあげて一同を静めました。「この中には知っている者もいる

であろう。サラジーナはもともとジプシーの生まれではないのだ。サラジ

ーナの運命の星が動き始めた。もともと本来のところへ戻っていく流れ

なのだ。」

パトリッシュが長の前に出てきて言いました。「長。しかし、彼女は今や

我々の仲間です。僕の妹です。それなのに行ってしまうなんて僕には

悲しい。」

「そうだ。そうだ。サラジーナは我々の仲間だ。我々の妹だ。友達だ。」

と皆が背後で騒ぎました。

サラジーナはうつむいていた顔をあげて前に進んで言いました。

「皆さん、どうもありがとう。私は明日ここを出て行きます。」皆の止める

声を聞きながらも更に言いました。「私は今日皆さんに誕生日を祝って

もらって温かい励ましと優しさの中で、今まで本当に幸せだったと思い

ました。今日は踊りながら決めたの。青い空を見ながら、美しくって、

悲しい位の青い色を吸い込みながら、流れくる運命を受け入れる、と

決めました。」

サラジーナがそこまで言うと皆はしぃんと静かになり、火のはじける音

だけが響き渡りました。

その日はサラジーナの12歳の誕生日祝いの賑わいからお別れを惜

しむ夜へとうつり、いつまでもいつまでも誰ひとりとして眠りにつこうと

はしませんでした。

 

2へ続く

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