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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

〜6 「湖の国の伝説」〜

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ある夕、サラジーナは姫に呼ばれていつもの部屋に行きました。

クリリアント姫の椅子のそばにテーブルが置かれていて、その上には赤い

くだものがいっぱいつまれていました。それはサラジーナがこの仕事をする

きっかけになった、あの、赤いくだものでした。ほんのり甘いようなすっぱい

ような香りがしました。

サラジーナはちょっとだけふれてみたい気もしましたが、うかつにふれては

いけないな、と思い直し、離れて座り眺めるだけにしました。

そこへ女官長が入ってきて「クリリアント姫さまがおこしになります」と告げ

ました。2分もしないうちに姫は部屋に入ってきて、いつもの綺麗な椅子に

座りました。

 

「サラジーナ、この赤い実を覚えているか?」と姫はたずねました。

「はい、よく覚えております。」とサラジーナは頭を深くさげながら答えました。

「これは『リンゴ』という。ここでは珍しい、森の国から届いたのだ。森の国と

いうのは知っているか?」

「はい、名前は聞いたことがあります。ここからはかなり北の方にある国で

ございます。」

「うむ。して、サラジーナは行った事はないのか?」

「私はその森の国のすぐ南にあります、湖の国までなら行った事があります。」

「湖の国、と申したか?」

「はい、鏡のようにすべてを映し出す湖がございます。」

「ほぉ。それは何という湖だ? そしてそなたは見てみた事があるのか?」と

言ってクリリアント姫は身を乗り出してたずねました。

「ミラー・ミラージュ湖と呼ばれています。見た事もございます。」

「どのような湖であった?」

「私が見た時は湖にかすみがかかっておりましたが、見ているうちにかすみ

が晴れて、ミラージュ湖からミラー湖になりました。かすみが晴れていく時に

ミラージュ(蜃気楼)が見えました。」

「ほぉどのようなミラージュが見えたのだ?」

「その湖にまつわる伝説のミラージュが見えました。」

「それをぜひに聞かせてくれ。」と姫は言いました。

「かしこまりました。」と言って頭をさげ、サラジーナは話し出したました。

「昔むかしその湖のほとりには一人の乙女が住んでいました。」

 

「湖の国の伝説」

昔むかしその湖のほとりには一人の乙女が住んでいました。乙女の名前は

ロザンヌと言いました。湖の近くにはいつも雪の冠をかぶった高い山があり

ました。ロザンヌはその山の中腹から湖にかけての草原で羊を飼って暮らし

ていました。

そこの国では短い秋が終わると長い冬がやってきます。そのホワイトクラウ

ン山(白冠の山)のむこうには深い森があります。その森の中にはロザンヌ

の恋人が住んでいました。彼は猟師をしていて、ジャックと言いました。

長い冬の間はこの湖の国にきて、ロザンヌといっしょにくらし、春が来ると

また森に帰って森で仕事をするのでした。

ある冬のおわり頃ロザンヌはジャックがまた森に帰っていく春が近づいた事

を感じていました。

ロザンヌはジャックに言いました。「もうすぐあなたは森に帰ってしまうのね。

私も一緒に森に行って暮らしたいわ。」

するとジャックは答えました。「ダメだよ。ぼくだって君と一緒にいたいよ。で

も森の中というのは危険なんだよ。君をそんな所に住ませるわけにはいか

ない。」

ロザンヌはそれを聞いて悲しい思いで胸がいっぱいでした。

ジャックは彼女のそんなようすを見て言いました。

「それじゃあ今度は春のうちに一度、夏のあいだに一度君に会いに帰って

来るよ。」

ロザンヌはそれを聞いてとても嬉しくなりました。

「本当?本当なのね?」

「あぁ。約束するよ」

 

春が来て、氷ついた湖も溶けて魚の泳ぐのが見えるようになった頃、ジャックは

森に帰っていきました。

ホワイトクラウン山の中腹にも沢山の小さな花が咲いた頃、ジャックは帰ってき

ませんでした。夏になり子羊が大きくなっても、ジャックは帰ってきませんでした。

ロザンヌはこおりついたような心で湖のほとりにたたずみました。

その湖はミラー(鏡)のようにすんでいて、見たいものを鏡のようにうつしだして見

せてくれるという伝説がありました。

その日湖にはかすみがかかっており、鏡のように真実を映し出す事はできませ

んでした。その代わりに見せるものはその人の心の中のおそれの姿を映しだ

すのでした。

ロザンヌはジャック恋しさのあまり、その事をうっかり忘れてしまい、かすみの

かかった湖に向かってジャックの姿をみせてほしいと祈ってしまいました。

かすみのまんなかに見えたものはジャックの姿でした。深い森の中でジャックは

クマにおそわれ、血を流して逃げているようでした。

ロザンヌはショックのあまりその場にくずれおちてしまいました。

嘆いているロザンヌの足元に羊の親子がやってきました。母羊はロザンヌにや

わらかな鼻先をつんつんとつつくようにして、何かをうながし、子羊はロザンヌの

服のすそをくわえてひっぱリました。

「何?何なの?」とロザンヌは泣きながら顔をあげました。

すると目のまえの湖のかすみが晴れていました。ホワイトクラウン山の姿が鏡の

ように美しく映し出していました。

「きれい…」ロザンヌには見慣れた光景のはずでしたが、この時ほど山と湖が美

しかった事はありませんでした。誰にというあてもなく、ロザンヌは自然に手を合

わせて感謝と祈りを捧げました。それは神に祈ったという事でもなく山に祈ったと

いう事でもなく、湖に祈ったという事でもなく、ただ無心に祈りました。

その時太陽の光が湖の水面にきらりと反射してロザンヌに照り返しました。

そのまぶしさに思わず祈りの手をやめて湖を見た時、水面にはジャックの姿が

見えました。

ジャックは森の仲間と一緒に大きな木を運んでいました。そのまま見ていると、

どうやら丸太小屋の家を作っているようでした。その家の扉の上にジャックが

板をとりつけているのが見えました。その板にはこう書かれていました。

「ジャックとロザンヌの家」

ジャックは仲間たちと一緒に、ロザンヌと森で暮らすための家を作っているので

した。

ロザンヌはその日から気をもむのはやめることにしました。そして羊の世話のし

かたを湖のほとりにすむ少年達に教える事にしました。

秋がきて、ジャックがロザンヌのところへ帰ってきました。

ジャックは「春と夏に帰ってこれなくてごめん。」と言いました。ロザンヌは静かに

微笑んで許しました。長い冬を一緒に過ごしまた春がそろそろ来る、という時に

なってジャックがロザンヌに言いました。

「ぼくといっしょに森に住んでくれませんか?」

嬉しさのあまりロザンヌの答えはことばにはなりませんでした。そうして、ロザン

ヌはジャックと一緒に森に住む事になりました。

森に行く前に、ふたりは湖に感謝と祈りを捧げました。湖はきれいに晴れて、

ホワイトクラウン山のすがたを綺麗に映し出していました。

 

サラジーナの物語が終わり、姫はリンゴを手にしながら言いました。

「湖に映し出されるものは 鏡のように真実か、それとも畏れのミラージュか?

もしも私がミラー・ミラージュ湖を眺める事があればそのどちらを見る事ができ

るのであろう?…サラジーナ、そなたはどちらだと思う?」

「姫さま、何事も姫さまのお望みのまま。だと思います。」とサラジーナはうやう

やしく頭を下げながら言いました。

「と言うと?」

「真実を知りたい、とお望みならば真実が。空虚な幻が見たいとお望みでした

ればミラージュを見ることが可能だと、思われます。」

「うそ、いつわりだと知っていながらそれを知りたい者などいるのか?」

「……」サラジーナは何も言わず黙っていました。

「うむ。時には真実を知ることが怖いこともあるだろう。」

姫はサラジーナに歩みより、リンゴを一個手渡しました。

「うまいぞ。味わって食べてみよ。」それだけ言うと姫は何も言わず部屋から

下がりました。

サラジーナは赤いリンゴの香りをしみじみと味わいました。

7に続く

 

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