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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

〜7 「砂漠の花」〜

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翌日サラジーナはクリリアント姫の前で久しぶりに踊りを見せました。

昨夜のリンゴを食べて、どんな味がしたのか、その感想を踊りで見せる

ように、と、言われたのでした。

サラジーナはメロディアンナの歌に合わせて、リンゴの実を片手に持ち

ながらくるくるとまわり踊りました。

踊りが終わった時クリリアント姫は言いました。

「サラジーナ、メロディアンナ、ご苦労であった。して、サラジーナ、そなた

の踊りは何やら不思議な感じがした。いつもの情熱的なものとは少し違

って甘いような…。」

姫はことばを捜そうとして、みつからなかったのか、話題を変えました。

「サラジーナ、そなたは知るまいが、このリンゴは森の国の王子からの

貢物だ。」

「森の国の王子さまからの…」とサラジーナは繰り返しました。

「そうだ。そこはここよりはるか北の国で寒く、太陽があまり照らないそ

うだ。貢物をたずさえてくる使者はみな白い肌、細長い顔、緑色の瞳、

金色の髪の男たちで、背も高く足も手も長い。吟遊詩人の物語に出てく

る人物のように美しい。しかし、あまりにも違いすぎる。この国とは気候

も食べ物もあらゆることが違いすぎるだろう。」

サラジーナは思い切ってたずねてみました。

「姫さまは、その森の国へお輿入れされるのでしょうか?」

「それはわからない。それは私の考えることではない。私が決める事で

はないのだ。父上の、王さまが決める事なのだ。」

「もしも姫さまがご自分で選ぶことができるとすればどうなさいますか?」

と聞いてみました。姫はかすかに笑って答えました。

「自分で選ぶ?ははっ。それは無理だよ。この王宮から外へは一歩も

出たことのない私がそんな事を選べるものか。選べるものなら私は自由

の身になって、この空を鳥のように飛びたいものよ…。」

 

サラジーナはこの王宮に来るまではジプシーとして流れに流れて暮らして

きたので、姫のような暮らしはどんなにか安心だろうか?と思っていました。

しかし自由に外の空気を吸い、川の流れのように生きてきた事を思い起こ

し、食べるものさえもなかった時があったので、一言では言えない思いを

いだいていました。

「どんな者も、何がしかの不自由さはあるのかもしれません。何かは溢れる

ほど与えられ、代わりに何かは欲しくても手に入らない。そういったものは

あるのかもしれません。」とサラジーナは答えました。

姫は「そうか…」とつぶやき「しかし、時折何もかも捨ててしまいたくなるもの

よ。この命さえも。」と言いました。

「姫さま、生きていれば報われる時がくるのではないでしょうか。生きていて

良かった、と思える時が来るのではないでしょうか。」

「私にはそなたやメロディアンナが心の安らぎだ。今宵はそういう物語を聞

かせてくれ。」

「はい、かしこまりました。」とサラジーナはうやうやしく頭を下げました。

サラジーナが話しだすのを姫と女官長とメロディアンナは身をのりだすよう

にして聞きました。

「昔むかし砂漠の民のなかに一人の少女が住んでいました。」

 

「砂漠の花」

昔むかし砂漠の民のなかに一人の少女が住んでいました。らくだのキャラバンと

共に砂漠の中を移動して暮らしていました。少女の名前はオーアルと言いました。

オーアルが生まれた時雨が降らない季節なのに雨が降ったんだよ、と両親は何

度も繰り返し彼女に話しました。

「だからおまえは天の恵みなんだ。」とその日もお父さんはオーアルを膝に乗せて

話しました。

「てんのめぐみってなぁに?」とオーアルは前から不思議だったことをお父さんに

聞いてみました。

「それはね、わたしたちがこうやって生きているということだ。カラカラに乾ききった

砂漠の中でもオアシスから別のオアシスへ、渡り歩いて暮らしていけるのは、天の

恵みがあるからなのだ。だからおまえはこうやって今わたしの膝の上にすわって

話を聞いていられる。」

お父さんの話はとっても長くて少し難しかったけれどもオーアルはすこしわかった

ような気がしました。

 

ある日、オーアルたちのキャラバンが砂漠の端っこに近いオアシスにたどりつきま

した。そこは「グランバザール」と呼ばれる市場がある、都会でした。

オーアルは前の夜、お父さんから

「都会は色んな人間がいる。よそものがいっぱいいるので、気をつけなさい。」

と言われました。

「どんな風に気をつけたらいいの?」とオーアルは聞きました。

お母さんが答えてくれました。

「まず見たこともない人と話さないこと。それからキャラバンから外へは出てはいけ

ませんよ。」

「はい。」

オーアルはどんなことがあるのかわからなかったけれどもお父さんとお母さんの言

うとおりにしようと思い、うなずきました。

 

キャラバンがグランバザールのあるオアシスについた時、空はいつものようにカラカ

ラと晴れわたり、らくだのこぶはやや小さくなっていました。お父さんはらくだのこぶに

ふれながらこんな風に話しているのが聞こえました。

「何とかもちこたえたな。えらいぞ。」

お父さんはらくだとお話が出来るのです。それは何も特別な事ではありません。ずっと

長いあいだ、お父さんは生まれた時かららくだたちといっしょに暮らしてきたので、らく

だたちの話すことや考えている事がわかるのでした。

「え、何? 砂嵐が近いのか?早く安全な所へ行かないといけないな。」お父さんは

オアシスの中にあるおじさんの家へ急ぎました。

砂嵐がやってくる前に皆無事におじさんの家にたどり着きました。

おじさんはオーアル一家をあたたかく迎えてくれました。家の外では砂嵐の激しく

吹き荒れる音が響いていました。

お父さんは天にむきながら言いました。「天の恵みだ。ありがたい」

 

砂嵐はその日一日じゅう吹いていました。お父さんとお母さんはおじさんといっしょに

砂嵐の話をしていました。

「砂漠の中で砂嵐にであったら大変な目にあうとこだった。」

「そうだとも。うちはまだ らくだたちが教えてくれるから そんなひどい目にはあってな

いが。」

「そういえば一度こういう事があったな…」

おとなたちの昔話は始まるととっても長くなります。おとなたちの「昔」はとっても沢山

あるからです。

オーアルのお姉さんのダイナは刈ったばかりのヤギの毛をおばさんからもらい、糸に

つむいでいました。オーアルはそれを手伝いました。ふたりはおばさんとおかあさん

の手伝いをしてすごしました。

 

オーアル一家はしばらくおじさんとおばさんの家ですごし、また砂漠へ旅立つことにな

リました。旅立つ時 オーアルとダイナはおばさんからヤギの毛糸で編んで作った、

きれいな花飾りをもらいました。

おばさんはふたりに手渡しながら言いました。

「これを持っておいき。砂漠の中でも咲く花のように、強く、可愛く生きていくんだよ。

あんたたちふたりは本当によく働いてくれたから、おばさんはとっても助かったよ。

だからこの花は特別のおいのりをしたよ。」

「特別のおいのりって?」ダイナとオーアルは聞きました。

おばさんはふふふと微笑んで「天からのお恵みがありますように」とだけ言いました。

 

オーアルたちのキャラバンは砂漠を渡り歩く日々が続きました。空は満天の星空で、

満月の輝きさえもかすめてしまうほど、たくさんの星がまたたいていました。

その夜はいくつもの流れ星がある方向をめざして流れていきました。

オーアルはおとうさんに 流れ星のことを話しました。

「おとうさん、今夜の流れ星はみんなあっちの方向に流れていくよ。」

おとうさんはオーアルの話を聞いて、おかあさんといっしょに空を見てみることにしま

した。するとたくさんのたくさんの流れ星が頭のうえをかすみ飛んで左の方向へ流れ

て行きました。

「あっちには何があるんだろう?」とオーアルは言いました。

「うむ、われわれが進んでいく方向もちょうどあの方向だ。ひと休みはここまでにして

あっちへめざして進んでいくことにしよう。」

流れ星にうながされるようにキャラバンは出発しました。

進んでいくと見たことのない川がありました。砂漠が突然崖淵になって区切れており、

むこうのほうに砂漠が続いていました。下を見下ろすと川が流れていました。

「砂漠の中に川が…。こんなところに川があるなんて聞いたこともないぞ。」とおとう

さんが言いました。

「まるで急に砂漠の地面が割れたかのような地形ですね。」とお母さんが言いました。

「いきどまりか…。」とおとうさんが言って足元の砂を蹴ったとき、砂が宙に浮いている

のをオーアルが見つけました。

「おとうさん、これ…。」

見えない橋があるのか、見えない地面が続いているのか、砂はそこに浮いていまし

た。それで皆でそろって砂を前にかけてみました。どうやら地面はずっと続いている

ようでした。ゆっくり足をのばし踏み込むと足は宙にしっかりと浮いています。

「どういう事だろう? 崖下の川が足元の下に見えるのに落ちない…。」

空高く飛んでいた流れ星がだんだん近づいてきました。まるで流れ星の川の流れの

中に立っているかのようです。

流れ星にみちびかれるように、キャラバンは見えない地面を踏みしめて進みました。

オーアルはお父さんとお母さんとダイナと手をつないで渡りました。

それは本当にふしぎな気持ちでした。

足元は宙をふみしめており、しかし足の感触はしっかりと砂地を踏んでいるかのよう

でした。目で見えるものは恐怖そのものなのに、体の感触や直感が進んでも大丈夫

だと教えてくれるのでした。

見えない大地を踏み、宙を渡って向こう岸にたどりつきました。

ほっとして後ろをふりかえると、そこはいちめん花畑が見えました。オーアルとダイナ

がおばさんからもらった花飾りによく似た花がいちめん咲いていました。

「あ」と思ったとたん、それはきえて、なんでもない普通の砂漠の風景になりました。

 

それから後キャラバンの旅は続きました。困難に出会うこともありましたが、どうしよう

もない、と思った時でも、心をすませていると、どこからか助けの手があって、何とか

なるのでした。

オーアルとダイナの花飾りは時々夜になると流れ星と共鳴しあうように輝きます。

そのたびにオーアルはおばさんのことや砂漠の花のことを思い出して、こう言うのが

癖になりました。「天のお恵み。天のお恵み」

 

サラジーナの話が終わると クリリアント姫は悲しいようなほっとしたような何ともいえな

い顔をして言いました。

「天のお恵み」香茶を飲みながら姫は少し泣きたいような顔をしていました。

「見えない大地を踏んで進む勇気など、私にはない。私のまわりにあるものは目に見え

る美しさ、目に見える柔らかさ。この王宮もそうだ。それを超えていく勇気など私には

ない……。」

サラジーナは黙ってそれを聞いていました。そしてしばらくして言いました。

「姫さまもある時期がくれば、何か越えていかれる時が来るのかもしれません。」

「何?」

「今はこの王宮で何不自由ない暮らしをしておいでですが、いつか何かが変わって、

越えていくような状況が来るかもしれません。ですから今はそれにむけて準備をなさる

といいかもしれません。」

「準備というとどのような?」

「王宮の外の世界はどういうしくみになっているのか、とか色々勉強なさるとか・・・」

「サラジーナ、この私に向かって勉強しろ、と言うのか」

「は、姫さま。さしでがましいことを、申し訳ありません。」

「いや、この私にそれだけのことを言うのはお前だけだ。お前は時々下々の者とは

思えぬ空気を感じさせることがあるな…。これから、色々やることが増える。ふふ。

いい暇つぶしになるかもしれぬな。」

そう言ってクリリアント姫は部屋を去りました。

サラジーナは ジプシー暮らしをしていたことなどが過去になっていく感覚を味わいなが

ら、本当の自分は一体何物なんだろう? と考えました。

8に続く

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