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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

〜12 野生のいでたち 「力持ちの男の物語」〜

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それまでは毎日クリリアント姫のところへお召しがあり、サラジーナは毎日、

王宮の姫の部屋へ行ってお話をしたり踊ったりのお仕事をしていましたが、

それ以後お召しがあるのは一日おきになりました。

王宮の外でくらす事もできるようになったので、サラジーナはとりあえず ナジ

ータじいさんの家に住み、王宮での仕事がある日にはそこから王宮に通うこと

にしました。王宮の仕事がない時はナジータじいさんの仕事を手伝ったり市場

の他の店を手伝ったり、気ままにすごしました。

 

ある日サラジーナがクリリアント姫の部屋へ行き、姫が来るのを待っていると

またもや姫と女官長の言い争う声が聞こえてきました。

サラジーナはやれやれと思いながら耳をすませてみますと、どうやらすぐ隣の

部屋から聞こえているようです。

「姫さま、なりません! そのようなっ、そのようなっ」

「女官長、うるさい。私は姫なのですから、私のことくらい私で決められますっ」

「ぇえぇ〜〜 なりません。わたくしは女官長としてこのような事は断じて見逃す

訳にはまいりません」

「どたばたどたばた」

足音が聞こえてきました。この歩き方は女官長です。ぷりぷりとして部屋に

入ってきました。いつでも姫の後をついて歩いてくる女官長が姫より前をさっさ

と歩いて部屋に入ってきました。

かしづいているサラジーナを見ると、目をきっと見開いて

「サラジーナさんっ、わたくしはっ、今日と言う今日は本当にあきれましたっ。

あのような、あのような、お…。」

とこれ以上無理なくらいに鼻の穴を開いて息をつまらせながら言いました。

サラジーナがどうしたのですか、と聞く前に女官長は立て続けに言いました。

「わたくしはっ、お后さまがなくなられてから姫さまの母がわりとして今日まで、

クリリアント姫さまをどこの国の王様の奥方さまになられてもふさわしいように

しとやかな姫さまになられるように、と、心をこめてつとめてまいりました。」

ここまで一気に言って、サラジーナのさしだしたハンカチで涙をふき 鼻をいき

おいよくかみました。

「わたくしは頭痛がいたします。今日はさがらせてもらいます。サラジーナさん、

姫さまをよろしくお願いいたしますよ。」と女官長は挨拶をし、去りかけてふと

サラジーナのハンカチを持ったままなのに気づいて、あら返さないと、いや汚し

てしまったわね、じゃあ洗ってかえしますわね、と手振り身振りで言って、行って

しまいました。

 

女官長が出て行ってしばらくしてクリリアント姫が入ってきました。

姫は先日の「野生のいでたち」よりも「もっと野生」ないでたちでした。

足が軽く動かせるような、「男のような」いでたちでした。

サラジーナがおどろいているとクリリアント姫は「どうじゃ?」と言いました。

「姫さま。今日はずいぶんお身体が動きやすそうなお姿でございますね。」

とサラジーナは言いました。

「うむうむ。これは本当に身体が動かしやすい。うちの踊り子の衣装をちょっと

借りたのさ。サラジーナ、おまえも知っているだろう、最近入った新しい踊り子

を。」

「それで姫さまはそのお姿で何をなさるおつもりで?」

「うむ。身体を動かしてみようと思ってな。最近錬金術師のアレドコンドから聞い

た話では『気分がいいというのは身体の調子がいい』という事になるのだそう

な。それを聞いて『気持が重いというのは身体が重いから』という事になるの

か?と訊ねてみたら『そうだ』という返事が来た。それでちょっと身体を動かして

みようと思ったのだ。」

「それでどのような動かし方をしていらっしゃるのですか?」とサラジーナが訊ね

ると姫は両肩をすくめて

「いや、それはまだ。この服を着たら女官長がものすごく怒って、さっきまでこの

隣の部屋で、バタバタバタバタして……」と言いながら忙しく手を上下に動かし

ました。

それを見てサラジーナはそのしぐさはどこかで見たことがある、と思いました。

「姫さま、それは最近どこかで……」サラジーナは少し考えて思い出しました。

「姫さま、二、三日前市場の広場で同じような腕の動かし方をしていた人がいま

した。」

「なぬ、同じ腕の動かし方とな?」と言いながら姫はその腕のふり上げ下ろしを

繰り返しました。「して、それは誰がどういった場面だったのじゃ?」

「はい姫さま、申し上げていいものかどうか、わかりませぬ。」とサラジーナは言

いました。

「かまわぬ。申してみよ。」

「腕っぷしの強いふたりの男が、我こそはこの国で一番強い男だ、と張り合って

腕をこう上げてはおろして上げてはおろして。」と言いながらサラジーナは両腕

を上げて下ろしました。

「・・・・・・」姫はそれを見て、腕を組んで黙りこみました。眉間にしわが寄ってい

ます。

「申し訳ありません。」とサラジーナは頭を下げました。「姫さまをそのような荒っ

ぽい男達に重ねて見るとは、無礼な事で。」

サラジーナがそこまで言った時姫はサラジーナのことばをさえぎりました。

「サラジーナ。かまわぬ。」

「は?」

「そんな事はかまわぬ。しかし、サラジーナ、そなたのその腕の動かしようは

流れのよい水のようでござるな。私とはまるで違うわ。」

「かたじけのうございます。」サラジーナは安心しました。

「戦いの踊りというのもございます。先日その二人の男を見てわたくしは戦いの

踊りの振りを考えていたのです。」

「ほぉ。戦いの踊りか。見せてたもれ」

「はい、姫さま。おのぞみどおりに。いさましい男の踊りでございます。」

そう言ってサラジーナは踊りました。

それは荒々しい男たちのような踊りでした。サラジーナは大きな身体と太い

腕や腿は持っていないのですが、大男の身体であるかのように見える踊りで

した。

踊り終わった時サラジーナは全身に汗をかいていましたが、姫に言われる前

にひとりでに物語を始めました。

「昔むかしある所に力持ちの男がいました。」

 

「力持ちの男の物語」

昔むかしあるところに力持ちの男がいました。

その男は力持ちで太い太い腕を持っていました。その男は大きな岩を簡単

に持ち上げる事ができるので、岩山のふもとに大きな岩で家を作って住んで

いました。

ところがその家の扉も大きな一枚岩で出来ていて、その男以外の誰ひとりと

してその扉を開けることが出来ません。その扉を叩いてもその扉が分厚すぎ

て中にその音が響きません。そうして男はただ一人で暮らしていました。

岩の家にただ一人で住んでいて、誰一人として訪れないので、男はさみしく

なってきました。

本当はそこを通りかかる旅人が彼の家を訪れた事もあるのですが、男は昼間

きまって昼寝をしていて、気がつきませんでした。

それで岩山をこえていくつもの川を渡り、いくつもの野をこえて、砂漠まできま

した。それでも男は一人でした。誰にも会いませんでした。いつでも夜の間に

旅をして、昼間はいねむりして過ごしていたからです。男はいつでもとっても

気持ちのよさそうな顔をして眠っていました。通りかかった人々は彼の太い太

い腕を見て、囁きました。

(起こしたら きっとその太い腕でなぐられるかもしれないわね、

そうだね。今あんなに気持ちがよさそうに眠っているんだもの、

あんなに太い腕をしているんだもの)

人々は男が眠っている時、起こさないようにそぉっと遠回りをして通って行っ

たのでした。

 

そうして旅を続けているうちに森にたどり着きました。森の中に一軒の家があ

りました。男は木の実や鹿を生け捕りにして食べたりしてすごしてきましたが、

その家の近くまで来た時今までに感じたことのない匂いを嗅ぎました。

中に入ってみたいと思い、扉をノックしました。扉のむこうで小さな足音がぱた

ぱたと聞こえました。

扉が開き、小さな男の子がいました。男は何年もの間、人に会わないで生きて

きたので、ひさしぶりに見る人間でした。

男の子は 扉をあけたら見るも大きな男が立っていたのでちょっとびっくりしま

した。「おとうさん、じゃない。おじさんはだぁれ?」

「フランドル、どうしたの?」と声がして向こうからお母さんがきました。一目男

を見て「まぁ、大きな…。」と言ったきり、びっくりして固まってしまいました。

男は久しぶりに人に会ったので、どんな風に接していいのかわかりませんでし

た。何といえばいいのかわからず、そのまま二人に背をむけて森の方へ戻ろ

うとしました。

その時「あの」とお母さんの声がしました。「よかったらちょうどできあがりまし

たので、食べていかれませんか?」とお母さんが言いました。

立ち止まった男のそばに男の子が走ってきて、男の服のすそにふれました。

自分よりずっと背の高い男を見上げながら「ね?」といいました。

男は男の子と一緒にその家へ入っていきました。男はその扉よりこころもち

大きかったので頭をかがめて中へ入りました。

 

木で出来た家でした。木でできたテーブルに椅子。男は石のテーブルと椅子で

暮らしてきたのでした。男にとっては初めての他人の家でした。

木でできたお皿に、木のスプーン。

男は自分が小さかった時はどんな食事をしていたんだろうか?と思いながら

お母さんのいれてくれたシチューを食べました。(確かお父さんは自分と同じ

大きな身体だったけれどお母さんは男の子のお母さんくらいだったような気

がするなぁ・・・)などと考えながら湯気のたつシチューを無心に食べました。

(お母さんとお父さん。ふたりはもういないんだなぁ。)と考えているうちに涙が

出てきました。

男の横に座った男の子が心配そうに見上げて、男のひじのあたりをひっぱり

ました。「大丈夫?」

「フランドル、今はそっとしておきなさい。」とお母さんは言いました。

「はい」と返事したもののキラキラと瞳を男に向けて訊ねました。

「おじさん。おじさんの名前は? ぼくは、フランドル」

「ウンモ」と男は答えました。

「ウンモさん、私はカレンと言います。よろしく」とお母さんは言いました。

フランドルはウンモに興味しんしんです。

「ウンモ。ウンモはどこからきたの?」

「自分の家から。」

「ウンモの家はどこにあるの?」

ウンモは扉のある方向をゆびさして言いました。「あっち。ずっとあっち」

彼は山の名前や町の名前は知りませんでした。ただ道をまっすぐに歩いてき

た、という感じなのです。

 

その時扉をノックする音が聞こえました。

「あ、お父さんだ」フランドルが扉の方に走っていきました。

「ただいま。おぉフランドル」

「お父さん、お客さんだよ。ウンモだよ」と言って男の子はお父さんの手を引き

した。お父さんの目に入ったのは見るも大きな身体の男でした。太い腕、大き

な胴体と筋肉のしっかりした脚などが目に入ってきました。

お父さんはあまりの男の大きさに「クマか?」と思いましたが、よく見ると頭を

かいてしどころなさそうにしているようすが目にとまり、ゆっくり息をしてウンモ

に近よりました。

「ウンモさん、はじめまして、私はモリエールと言います。どうぞよろしく」

「モリエールさん。おいらはウンモ」ふたりは握手をしました。

それからモリエール一家と一緒に数日をすごし、ウンモは何となく自分以外の

人は大きな石を簡単に持ち上げたりしない、という事が分かりました。

「ウンモって凄い力持ちなんだ、凄いな」とフランドルが言ったり、「ウンモ、申

し訳ないが、これを運んでくれないか」とモリエールに頼まれたりするたびに

自分にとって軽いものが他の人間にとっては重いものなんだという事がわか

りました。

ある昼さがり ウンモはフランドルはフランドルの手の大きさくらいの石ころを

見せて言いました。

「おいらの家、これでできてる。」

「ウンモの家は石ころをいっぱい集めて作ったの?」とフランドルが聞くと

ウンモは答えました。

「いや、もっと大きい、おいらの身体くらいの石でできてる。」

フランドルは「へぇー」と感心しました。ウンモはもっと説明したくなりました。

「テーブルも椅子も お皿も 石で出来てる。もっと重い。ここのうちはみんな

木で出来てる。みんな軽い。」

フランドルはウンモがこんなに長く話すのは初めてだったので、一生懸命聞き

ました。「うんうん。それで」

「おいら、ここに来た時こわしそうで 怖かった。」

「大丈夫だよ。お父さんがまた作ってくれる。」

「いや、ちがう。 それもある。 フランドルやお父さんお母さんをこわしそうで

怖かった。おいら、力持ち。 おいらがさわったらきっと何もかもこわしてしまう」

「ウンモ。」フランドルはウンモをぎゅっと抱きつきました。

ウンモはフランドルを思いっきり抱きしめたかったけどそうするとフランドルの

身体をこわしそうなので、ほんの少し抱きしめました。

そうしているうちにウンモは どれくらいの力で抱きしめたらいいか、どれくらい

の力を抜けばいいか、何となくわかってきました。

 

ウンモはしばらく森の中の家に滞在していましたが、そろそろ自分の家に帰ろ

うと思いました。

「おいら、家に帰る。」とウンモはある朝カレンとモリエールに言いました。

カレンにはその予感がしてました。ウンモが自分の家の話をすることが多くなって

いたからでした。

「ウンモ、行かないで、ずっとここに一緒にいて」とフランドルは泣きそうになりな

がら言いました。

「ウンモ、帰ったらすることある。木の戸を作る。」

「木の戸?」

「うん。フランドルでもあけられる戸、作る。できたら又ここ来る」

「ウンモ、ほんと? 嬉しいなっ」フランドルは声をあげて喜びました。

「ウンモ、わたしたちもお待ちしていますよ」とモリエールとカレンは言い、ウンモが

帰っていくのを見送りました。

 

ウンモは 長い道のりを歩いて歩いて家にたどりつき、木と石で出来た家を作りま

した。その家には新しく木の扉をつけて、木のお皿も作りました。

それまでは大きな石のいすが一つあっただけでしたが、モリエール家の人にあう

大きさの木のいすも作りました。

それができあがった頃、ウンモは小さな音を耳にしました。木の扉を叩く音でした。

 コンコンコン

ウンモは扉を開くと、やせた男がいました。旅人でした。

ウンモは旅人を招きいれ、見よう見真似でおぼえたお料理を作りもてなしました。

旅人はシチューを食べながら言いました。

「おぉ、うまい。はじめにあなたを見た時 怪物のように見えておそろしかった。でも

そうじゃなかった。誤解してごめんなさい。」

ウンモは肩をすくめました。

旅人は続けて言いました。

「このシチュ−こんなにおいしいものは実に久しぶりだ。」

ウンモは言いました。「シチュー、カレンが教えてくれた。」

「カレンさんという方が? その人は?」

「カレンはモリエールとフランといっしょ。森の中に住んでる。おいら、また森に遊び

に行く。」

「そこは遠いのですか?」と旅人は訊ねました。

ウンモはうなずいて次に首を横にふりました。

「遠い。でも近い。おいら、明日森にでかける。あんたも来るか?」

「いいのですか? じゃあ明日わたしもご一緒させてもらいます。」

そうして ウンモは新しい友達ができて、一緒にモリエールの住む森へ向かって旅

をすることが出来るようになりました。

 

サラジーナが話し終わると、クリリアント姫は 深く静かに息をしながら目を閉じてい

ました。

「サラジーナ、今日は自分から物語をはじめましたね。こんな事はいままでになかっ

た事…。」

サラジーナはそう言われて 気づきました。

「姫さま、そうでした。おゆるしください。」

「サラジーナ、いいのです。でも今日の物語は今までとは少しちがうような感じがし

ますね。地方に言い伝えられる物語でもなく…。」

「そうです。これは市場の広場で大きな筋肉男が二人、どっちが強いかとあらそって

いるのを見た時、このような物語が浮かんできたのです。」

「というと、これはおまえの作った物語という訳か。」

「そうでございます。」

「このような物語もいい。また聞かせてくれ。」

「姫さま、ありがとうございます。」

「それからサラジーナ、3日後には風の宮殿に行くのでおまえも来るように。」

「風の宮殿、でございますか?」

「そうだ。3日後の朝ここを出る。うちの象の足で2日半かかるであろう。用意して

来るように。」

「お召しのとおりに。」

クリリアント姫は立ち上がり部屋を出て行きました。サラジーナは「風の宮殿」って

どんな所だろう?と考えながらナジータじいさんの家へ帰っていきました。

13へつづく

 

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