中編童話
うさ太郎、のんびり村に行く。
むかしむかし、ある所に、ウサ太郎といううさぎがいました。 ウサ太郎は、うさぎたちの中でもいちばん足がおそく、 「あいつは昔話の『ウサギとカメ』の、カメに負けたウサギだ」 と、皆から言われていました。 ウサ太郎は、ひるねが好きでよくひるねをしていました。 ウサ太郎は今日も木の切り株でひるねをしています。そこへ 一匹のカメがやってきました。 「ウサ太郎さん、今日もおひるねをしていますね。」と話しかけ ました。ウサ太郎さんはちょうど気持ちよく目がさめるところで した。 「おや、カメのカメ吉さん。」 「いや、ぼくは今日からカメヘンだよ。カメヘンと呼んでください」 「え、カメ吉さんがカメヘンに?」 「そうです。カメヘンです。」 「どうして、また?」 「それはこのこうらを見てください。」 |
カメヘンのこうらには大きく「ヘン」と書いてありました。 「『ヘン』? これはどういう意味なのかなぁ?」とウサ太郎は 言いました。 「それはですねぇ。自分がひととはちょっとちがった個性が ある、という事です。」 「ほおー」 「たとえば、ぼくは『月とスッポン』のスッポンで、まんまるい こうらを持っています。が、あまり歯が丈夫ではありません。 そういう意味でも『カメヘン』です。ちょっと「ヘン」かもしれま せん。」 「ふうーん、そうだったのかぁ。」 「そうです。カメヘンは、なぁんにもモンダイないよ〜、マルで すよ〜という時にもカメヘンとかカマヘンとか言います。」 ウサ太郎はうなずきながら聞いていました。 「だからぼくの名前を、カメヘン、カメヘンと呼んでいるうちに みんなニコニコしてくるのです。」 カメヘンは自分の背中のこうらをほこらしげにウサ太郎に 見せて言いました。 「だからぼくのこうらは、他のカメより丸いのです。」 「ほー、すばらしい。」 「カンペキな丸の、カメヘンです。」 |
ウサ太郎はカメヘンといっしょに歩きだしました。 「カメヘン、今日はどこへ行くんだったかな?」 「のんびり村ですよ。」 「のんびり村。聞いたことないなぁ。」 「何言ってるんですか、ついこないだ行きたいって言ってた じゃない。」 「え、そうだっけ?」 ウサ太郎は自分がひるねばかりしているので、忘れてしまっ たのかな、と思いました。 ウサ太郎は、カメヘンといっしょに歩いていましたが、その うちにカメヘンのゆっくりさに合わせるのがむずかしくなり、 カメヘンのこうらの上にのせてもらうことにしました。 「カメヘン、ごめんね、重いでしょ。」 カメヘンは言いました。 「のんびり村は急いで行っちゃダメなんです。かえって時間が かかってしまうのです。のんびり村にはできるだけゆっくり ゆったりのんびりとした気持ちで行くのがいいのです。」 ウサ太郎はカメヘンのこうらの上で話を聞いていました。 「あぁ、そうですね。ゆっくりのんびりすると、気持ちよくなって あっというまについてしまいますね。」 そう言いおわったら、もうのんびり村についていました。 |
のんびり村の入口には、かたつむりがいっぱいいました。 「なるほどー、かたつむり。確かにゆっくりだねー。それに、 みんな片目をつむっているね。あ、カメヘン、ありがとう。」 とウサ太郎がカメヘンのこうらから おりながら、言うと 「そうだよ。かたつむりだからねー。」とカメヘンは言いまし た。 「今日はなにかの日なのかい? すごくいっぱいだね。」 のんびり村には、いろんな色の小さな旗がいっぱいぶらさ げてかざってあって、とってもにぎやかです。 「今日はのんびりゆっくり祭で、うさぎの中でいちはん足が おそいウサ太郎さんもまねかれているんだよ。」とカメヘン は言いました。 「えー、ぼくがまねかれているってぇ!?」ウサ太郎はおど ろきました。 「そうだよ、こないだ『うさぎいちゆっくりのウサ太郎さんへ』 と書いた手紙が届いただろう?」 「そういえば、そんなことがあったような? でもどうして 君が知っているんだ?」 「ぼくが届けたからさ」 「君が? おぼえていない。」 「だって、届けた時、ウサ太郎さんはおひるねしていたん だ。」 「そうか。足がおそいって言うことを『ゆっくりの』とか『おおら かな』と書いているけど、足がおそいことには変わりはない じゃないかぁー! ぼくはイヤミか! と思って怒ったんだ よ」と、ウサ太郎さんは心の中のうさを晴らすかのように ぶちまけて言いました。 |
カメヘンはそれを聞いて、からだをふるわせて言いました。 「ウサ太郎さん、ちがいますよ。 あしが早いのがいいことで、おそいのがわるいことだ、と 思っているでしょう。ちがいますよ。 早いもおそいも、それぞれなんです。それにおそいから わるいっていうことは ありません。 他のうさぎたちは、地面の上を歩いているアリさんのことを あまり知らないです。でもウサ太郎さんは、アリ」さんのこと も知っているし、空の雲さんとも話している。風が吹いて、 どこかで花が咲いた事も知っている。どこからか夏がやっ てくるのに気がついている。」 いっしょうけんめい話したので、カメヘンは顔が赤くなって しまいました。 ウサ太郎さんは言いました。 「ぼくが空の雲さんと話をしていたり、夏さんがやってくる のに気がついて、ゆっくり待っていること、誰にも言って ないのに、なんで君は知っているんだ?」 カメヘンは言いました。 「あれを見てごらん。」 |
のんびり村の広場のまんなかに一本の大きな木がありました。 それは若草色の葉を枝いっぱいにつけている大きな木でした。 そこに長い白い服を着たにんげんのような形の、女の人が 枝のところに座っていました。 そのようすは美しく、妖精のような女神のようでもありました。 ウサ太郎が木の近くまで来ると、その女の人が木の枝からふん わりとおりてきました。 「ウサ太郎さん、ようこそのんびり村へ。村長の木はことばを 話さないので、娘の私が代わりに話します。」 ウサ太郎さんはあたまをさげてちいさくおじぎするだけでせい いっぱいでした。 「私の名前は 風。夏には夏の風、秋には秋の風になって、 まわりを飛んでいるわ。」 「じゃあ、ぼくがいつも話しかけているのは、あなた?」 「そうです。私はこの世界のあらゆる所を飛んで旅をしていま す。私はあらゆる生き物の心を吹きぬける風。あらゆる生き物 のわきの下をくぐりぬけて、生命力をかきたてています。」 風 が そこまで話した時、大きな木の枝が揺れました。 風 は それを見て、ことばを続けました。 「お父さんは言っています。ウサ太郎さんはずっと足がおそい と思ってきました。でも本当は走るのより歩くのが好きなだけ。 のんびり村で好きなだけゆっくり歩いてすごしなさい。それで ゆっくりにあきたら、走ってみたり、ひるねをしてみたり、好きな ようにすごしてみなさい。」 |
ウサ太郎はのんびり村でしばらくゆっくりとすごすことにしまし た。 ウサ太郎は、ずっと自分のことがいやでした。でも「ただのんび りとゆっくり歩くのが好きなだけだ」と言われて、そのことに初め て気がつきました。 ウサ太郎は心の中のうさが、はじめて晴れました。 カメヘンの恋人のカルメンにもしょうかいしてもらいました。 そうしているうちに、ウサ太郎はそろそろまたもとの生活に もどろうと思いました。カメヘンとカルメンのじゃまになるし、 ぼくも恋人がほしい! と 思いました。 ウサ太郎は、もとの世界に戻ることをカメヘンに言いました。 |
「カメヘン、ぼくはそろそろもとの世界に戻ることにするよ。 あっちに戻ったら、その時はやっぱりゆっくりのんびりだけど、 イライラせずに、気持ちよくすごしてみたいと思います。」 と言いました。 ウサ太郎はのんびり村のはしっこまでみんなにおくってもらい ました。ウサ太郎はそこでカメヘンのこうらの上に乗りました。 「むこうについたら、風さんが吹いてくるのを待ってるよ。来る 時は夏の風を待っていたから、今はもう秋かな?」 風 は答えました。 「いいえ、大丈夫。まだ、その時だから」 「え!?」と言ったとたん、ウサ太郎はカメヘンのこうらから 落ちました。 その瞬間、ウサ太郎は木の切り株から落ちていました。 いつものおひるねをしていた場所でした。 「あれぇ? おかしいなぁ」 ウサ太郎が立ちあがった時、大きなまんまるのこうらのカメが いました。けれどもそのこうらには「ヘン」という字は書かれて いませんでした。 「おい、カメヘン! カメヘン!」 ウサ太郎が呼びかけましたが、カメは返事をせずに、向こうに 行きました。 「あれ? カメヘンじゃないのか? そっくりの形なんだけどな」 その時です。 「おーい、ウサ太郎。」他のうさぎたちがやってきました。 「ウサ太郎、おまえ、なにをカメと遊んでいるんだ?」 ウサ太郎はいつもひとりでいましたが、その時から他のうさぎ たちとまじって暮らしていきました。 時々、のんびり村で教えてもらった、ゆっくりゆったり木が風に ゆれるダンスをして、仲間から「すごい!」とほめられています。 |