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海洋冒険ファンタジー

  フ リ ル 〜 歌う魚

1ページ目

第一部 《第一章》 フリル誕生

(1)フリル
(2)お父さんとお母さん

《第二章》魔法使いシルバー・ビーチ

(1)珊瑚礁の山
(2)魔法使い登場
(3)呪文

《第3章》伝説のジェーン

(1)海
(2)シルバの話
(3)帰ってきたジェーンの話

《第4章》 光の穴

1ページ目 制作日:2003/5/16〜23

次のページに続く

 

フリル〜歌う魚 第1部

蒼い青い海。広い広い海洋にようようと流れるいくつもの海流。

その広い海のあるところに、珊瑚礁で囲まれた谷間がありました。

鮮やかな珊瑚礁に囲まれたその谷間は、白い砂がきらきらと綺麗で、

「白砂の谷」と呼ばれていました。

《第一章》 フリル誕生

(1)フリル

白砂の谷には フリルがすんでいました。

フリルは ひれやしっぽが ひらひらとしていて、とっても綺麗で可愛い魚です。

そこがフリルの悩みでもありました。

他の女の子達はつつましやかで、楚々とした小さなひれとしっぽを持って

いました。

フリル達のいるおさかなの世界では女の子は小さなひれで楚々としています。

そして男の子達は大きなひれとしっぽで、力の強さをあらわすようにして堂々

と泳ぎます。だからフリルは生まれた時から「女の子なのに、ひらひらとした

男まさりのひれとしっぽをしている」と、谷の皆から噂の的になっていました。

その日もフリルが月の光であたりが綺麗にきらめいている珊瑚の小道を散歩

していると、白砂の谷の魚はしらっとした顔をして通りすぎて、フリルの姿が見

えない所まで来るとひそひそと話していました。

「見てごらんよ、あのフリル。あの娘はまたひらひらとヒレをなびかせて…」

「まったくだとも。あのような目立つ身なりをしていては、いつ何時外海から

大きな敵に狙われるかわからんというのに。」

「そうよ。あの娘のとばっちりで我々が危険な目に会うかもしれんのだ」

フリルのひれは、男の子達以上にひらひらしていましたが、それだけではなく

綺麗なピンクの色がぽっとついていました。そのおかげでフリルが泳ぐと、ピン

ク色の花が咲いているようなほのかな甘い香りがしてくるようでした。

フリル達の魚の種族はいつ何時敵におそわれるかわからない為、白砂に潜り

身を隠す練習を常からしています。フリルは白砂に隠れてもその大きなひれは

砂に隠れきらず、またそのピンクの色はフリルがそこにいることを敵に知らせて

しまい他の仲間も一緒に隠れていることが知られてしまうかもしれない。

皆はフリルが嫌いなのではなくて、実はそのことを恐れていたのでした。

それでフリルはひとりで珊瑚礁や石のすきまに隠れるようにしていました。

*

(2)お父さんとお母さん

フリルは思い出していました。ある昼下がり昼寝をしている時、フリルのお父さ

んとお母さんが話しているのを聞いてしまいました。

「あなた、フリルは…あの娘はこの先どうなるでしょうね。」

「うむ。そうだな。あの娘はあの娘らしく生きていくだろう。いつかこの小さな谷

を飛び出して大きな広い海の世界を旅してほしい、と思っている。この谷はあの

娘には狭すぎる…。」 ふぅ、とお父さんがため息をついたのが聞こえました。

「フリルはまだ卵だった時から他のきょうだい達とは違っていたわ。卵のままで

も外へ飛び出したい!このまま泳ぎたい!外はどんなの?何があるの?って

好奇心いっぱいでぴょんぴょん飛んで跳ねていましたよね。」

「そうだったな。いつだったか、本当に外へ飛び出した時があったな。」

「ウフフ。そうでしたわね。あの時あなたはあわてておいかけて…」

「ははは。冷や汗をかいてくわえて元に戻したっけ。あの娘はそれでもしばらく

ぴょんぴょん跳ねていたな。……フリルは、私のおばあさんによく似ているな」

「あなたのおばあさんというと、じゃじゃ馬ジェーン…」

「この谷では、ジェーンの名前は禁句になっている。しかしジェーンが何をした

というのだ。むしろ立派なことをしたではないか。外海をかけまわり冒険をして」

「あなた、そんな大きな声を出すと子供達が起きてしまいますよ。」

「そうだな…………」

そこで二人の会話は小さくなり、聞こえなくなりました。その後フリルはお父さん

のおばあさん・ジェーンに関する話を耳にすることがありませんでした。お父さ

んとお母さんに訊ねてみたかったのですが、聞くのがこわかったのでした。

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《第二章》魔法使いシルバー・ビーチ

(1)珊瑚礁の山

あるのどかな夕涼みの時、フリルは友達のミランダと一緒に珊瑚礁の山を歩いてい

ました。ふたりは「白砂の魚学校」へ通っていましたが、ふたりともあまり成績は

良くありませんでした。学校では、素早く砂に隠れたり、砂から口だけ出してじっと

している練習をします。

皆と一緒にしてもフリルはどうしてもその大きなひれやしっぽが出てしまうし、ミラ

ンダは大きな目が砂から出てしまうのでした。

その日はふたりとも先生にこっぴどく叱られてしまいました。それでまっすぐに家

に帰らずに珊瑚礁の山へ寄り道していました。

「ふぅ… 『君達は本気でやる気があるのかぁ!』て先生の声が今も聞こえるようだ

わ。」とフリルがこぼすと、ミランダは「そうね。私も同じよ。いつでも一生懸命にや

ってるんだけど。」と答えました。「気が重いなあ。いつだってうまく出来ない。先生

にはあんなに怒られるし…。」とふたりでため息をついていました。

気がつくと思ったより山の奥まできてしまいました。あまり見たことのない種類の

珊瑚礁がそびえたつようにのびていました。

「もうひきかえそうか」とどちらからともなく言い出し、ひきかえした出した時、ふた

りの右手にある珊瑚礁のしげみがゆらゆらと動いていました。 

「珊瑚礁の動きにしてはおかしい、な…」 とふたりは思いました。見ていると何か

が珊瑚礁にうまく化けているようです。そして大きな口をあけて眠っているのです。

そこへたまごからかえったばかりのエビの稚魚がその大きくあいた口のあたりを

うろうろと歩き、口のところを出たり入ったりしていました。

ふたりがじっと見ていると、珊瑚礁に化けた「何か」は「ふわぁあぁあ」と声をあげ

ながら伸びをしました。小エビはあわてて逃げました。

珊瑚礁に化けた「何か」は眠りからさめながら、えさを逃がしてしまった事と、一部

始終を二人に見られてしまった事に気づきました。

*

(2)魔法使い登場

「ん。おまいさん達、いつからそこにいた?」と珊瑚礁もどきは言いました。

「今通りかかったとこよ。」とミランダはすまして答えました。

「ん。そうか。それにしても惜しかったな…。」もどき氏はブツブツつぶやきました。

「おじさんは、だぁれ?」とフリルは訊ねました。

「ん。わしか。わしはな、珊瑚礁じゃ、と言ってごまかしても仕方ないな。わしの正体

は、魔法使いシルバー・ビーチじゃあ!」と叫ぶように言うとあたりが一瞬止まった

ようになり、次の瞬間には目の前にいそぎんちゃくがいました。これが魔法使い、

シルバー・ビーチでした。

「シルバー・ビーチというと何に化けても、決して誰にもわからないという…」ミランダ

とフリルはこれが噂に聞いていた魔法使いなのか、と驚きました。

「わしの事はシルバと呼んでくれ。」と魔法使いのいそぎんちゃくは言いました。

「して、おまいさん達の名前は何ていうのかな。わしにあてさせたまえ。目の大きな

おまいさんはミエランダじゃなかったかな。」

「いいえ、ミランダですっ!」ミランダはぷぅっと頬を膨らまして答えました。

「あいや、すまなんだな、ミランダ。して、おまいさんはフリル。じゃじゃ馬ジェーンの

孫じゃなかったかな。」

「え。ジェーンをご存知なんですか?ジェーンの孫は私のお父さんなんです。」とフ

リルは答えました。

「いや何、ほんの知り合いだったのだ。遠い遠い昔じゃのぉ。」としばし遠い目をして

「そうじゃ。おまいさん達ふたりは今日はどうしてこんな山奥まできたんじゃ?」と訊ね

ました。そこでふたりは学校で砂に隠れることがうまくできない、という話をしました。

*

(3)呪文

「そういう時はまず自分はできない、と思い込んでいる。その思い込みができるものま

で出来なくさせるんじゃ。」とシルバが言うと、フリルとミランダは「そんな事ない!」と

ぶんぶん全身をゆらして言いました。

「まぁまぁ、最後まで聞け。《出来ない!》 と思い込んでる力たるものは実はとてつも

なく大きいものなんじゃ。出来ないものを絶対的に出来ないものに仕立て上げる。

そこでじゃ、わしが魔法の呪文を教えてやろう。出来ないものも、これでできるように

なる。」

「魔法の呪文? 私にもできるようになるの?」「教えて。教えて!」

二人はシルバにせがみました。

「呪文はこうじゃ。《わたしはしたわ》 じゃ」 と言うと、シルバはどうだと言わんばかり

に胸をはりました。

「なぁに? それはどういう意味なの? よくわからない。」とふたりは顔を合わせて

言いました。

「《わたしは出来ない》 とおまいさん達はいつもつぶやいておるじゃろう。そうつぶやい

ているうちは決して出来やしない。それで《出来る》と信じるために《わたしは出来る》

と言ってもいい。しかしもっと強力なのは、物事が出来て、もう既にしたよ、という過去

のものとして言ってしまうのじゃ。だから 《わたしはしたわ》 じゃ。」

《わたしはしたわ》???」

「そうじゃ。言葉というのは一番強い魔法の力なんじゃ。これはジェーンから教わった

んじゃよ。皆、言葉というものの力を知らない。そして知らずに悪用している。」

シルバはフリルのひれにそっとふれながら言いました。

「この谷の皆は一番大切なものに目をふさいで生きておる。《いつ何時 外海から大き

な恐ろしい敵がやってくるかわからん。》 確かにそうじゃ。白砂に隠れる練習は必要

じゃ。…しかしな、その為にそれだけで一生をかけて終わってしまうのじゃな。大切な

ものは何なのか、それを考えずに、味わわずに、ただ隠れるだけで一生をすごしてし

まうのだ。」 ここまで言うとシルバは にこっと笑いました。

「しかし、ミランダ、おまいさんの目はもっと沢山見たい、と思っている目だ。フリル、お

まいさんのその大きなひれとしっぽは、もっと広い海を泳ぎたいと願っているだろう。

いつか必ずおまいさん達は願いの通りに、もっと多くを見、もっと広きを泳ぐことができ

るだろう。自分自身に迷いが出た時は 《わたしはわたし》 と言いなさい。勇気がで

ない時は 《わたしはしたわ》 と言いなさい。そうすればきっとおまいさん達は望み通

りのことができる。乗り越えられる。」

シルバはふたりを交互に見てうなずきながら言いました。

「又困った事があればここにきなさい。わしは大抵ここにいて昼寝をしておる。」

そこまで言うとシルバは姿を消してしまいました。

「あ。消えてしまった……。」

「シルバ、ありがとう。」

ふたりはそろって山をおりました。「《わたしはしたわ》《わたしはわたし》だったかな」

「そうそう。《わたしはしたわ》《わたしはわたし》。おぼえやすいね。」

《わたしはしたわ》《わたしはわたし》」二人は繰り返し言いながら帰っていきました。

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《第3章》伝説のジェーン

(1)海

それからしばらくたってフリルは魔法使いシルバー・ビーチのいる珊瑚礁の山へ行きました。

シルバが「ジェーン」の事を話していたのを思い出すと、いてもたってもいられなくなりました。

誰にも聞く事が出来ない、誰も教えてくれない、ジェーンの事を知りたかったのです。

フリルはこの前シルバと出会った所まで来ました。

「確かこのあたりだったかな?」 フリルがきょろきょろしていると歌声が聞こえてきました。

聞こえる方へ行ってみると、シルバが歌いながら海の宙に浮いて踊っていました。

シルバの歌声は何か言葉ではない歌声のようでした。それを聞いているとフリルのひれはひ

とりでに広がりはじめ、海の宙に浮き始めました。シルバの歌の響きにいっしょになってひる

がえったり回ったりして、そのうちにいっしょになって同じ声を出して歌いだしました。

どのくらいの時間そうやっていたのでしょうか? フリルはシルバと海の宙にただよったまま

どこか遠い海まできてしまったような感じがしました。あたりの海は青い蒼い色。静かで深い

海流の中にいながら、その海流の大きさを味わっていました。それはくじらよりも大きな、暖

かな流れでした。

「ここにこうしているだけで、何もしなくても気持ちがいい。」

フリルは生まれてはじめて静けさと深さを味わっていました。

しばらくしてシルバは話し出しました。

「今日、おまいさんが感じたこの深い安心感は、海と一体になることで得られるのじゃ。」

「海と一体になる? ええ、そうね。私は海そのもののようになっていたわ。海の流れ、海の

青さ、初めて知ったわ。海にすんでいたのに今まで知らなかったわ。これが《海》なんだわ。」

「そうじゃろう。今まで海底の一部、谷にいただけで。そこから出た事はなかっただろう。」

「今、ここは谷の外海なの?」 白砂の谷の外には恐ろしい世界がある為、出てはいけない

きまりになっていました。フリルはちょっとこわくなってきました。

「落ち着きなさい。大丈夫じゃよ。」とシルバは笑いながら言いました。

「昔はジェーンとよくこの歌と舞をやっていたものだ。」シルバは珊瑚礁の山の家に戻り、

フリルに 『海のしずく茶』 を入れてやりながら言いました。

「ジェーンと? シルバ、ジェーンについて教えてください。お父さんが前話しているのを聞い

たわ。私はジェーン・お父さんのおばあさんに似ているって。」

「ふふ。確かに…。おまいさんを見ているとジェーンを思い出すよ。」

「ジェーンも私のような大きなひれとしっぽを持っていたの?」フリルは訊ねました。

「いや、見た目はふつうのさかなと変わりはない。しかし、彼女は歌の魔法を使えたんじゃよ」

「歌の魔法?」 フリルはわくわくしながら聞きました。「それってどんなの?」

「この話は長い話だ。ジェーンがなぜ谷にいられなくなったのか、という話にもなる・・・」と

シルバが口をにごしかけましたが、フリルはシルバの話にききいってじっと黙っていました。

シルバは話すことにしました。

*

(2)シルバの話

白砂の谷では今でも自由な歌を歌うことは禁じられておるだろう?

ジェーンがいた頃でもそうだったんじゃよ。ジェーンには話すよりも歌うほうが簡単だった。

話そうとするとそれが歌になるという始末。

それでジェーンは誰もこない珊瑚礁の山に来てはひとりで歌っていたのじゃよ。

わしか? わしはのぉ、昔若かった頃ここではないもっと遠い海にすんでいたのじゃが、

ある時潮の流れに乗って聞こえてきたジェーンの歌に合わせて踊っているうちに、

はるか遠くここまで来てしまったんじゃよ。おまいさんもさっき感じたじゃろう?

海の青さ深さを感じながら踊っているうちに、

海の宙で歌っているジェーンと出会ったんじゃよ。

ジェーンはある時珊瑚礁の山の向こうの岩場でケガをしているシーホースをみつけた。

シーホースというのは知っておるか?

 何、知らない? ふむ、待ちなさい。

ここに『うみのいきもの・だいじてん』がある。これによるとこうだ。

シーホース:SEA HORSE.。頭部が伝説上の動物『馬』に似ているが、

本当は『龍』の遠い親戚である。腹で物を考える種族である。」

ふむ…そうだったか。何? 意味がわからん?

外海の世界でもあまりいない種類の魚じゃ。

ジェーンはけがをしているシーホースをこっそり手当てした。

なにぶん谷では、外海のものと会ったり話してはいけない決まりになっておるのでな。

シーホースのけがは治っていき、そのうちに彼は外海の色々な世界の話を

ジェーンとわしに聞かせてくれた。 

「我々が思っているよりももっと世界は広いらしい…。」と驚いたよ。

シーホースのケガが治って外海にそろそろ帰ろうという頃、

シーホースがいる事が谷のものに知られてしまった。

ジェーンは皆の見ている前でシーホースにまたがり外海に旅立って行った。

きゅうくつな白砂の谷から 広い世界へ飛び出していきたかったのだな。

こうして、「じゃじゃ馬ジェーン」という名前がついてしまった。

ここまで話すとシルバは 一息を入れた。

*

「ジェーンは…谷を出て行ったのね。」 とフリルが言うとシルバはうむうむとうなずきました。

「それでジェーンはもう帰ってこなかったのですか?」とフリルは訊ねました。

「ん? あいや、どれくらいかたってからジェーンは帰ってきた。」

*

(3)帰ってきたジェーンの話

*

外海に旅立ってどれくらいかした頃だろう、ジェーンは帰ってきた。

ジェーンは輝く真珠のひれかざりをしていた。

光にあたると美しく輝くので谷のものは皆それをほしがった。

ジェーンは南の海の果てで海賊キャプテン・キックにもらった、

という話を聞かせてくれたぞ。

海賊キックというのはサメじゃ。黄色い色をしているらしい。

ジェーンの子守り歌でキックの不眠症が治ったので、キックからお礼にもらったそうじゃ。

ひれかざりの真珠はその一つ一つに物語が封印されていてな。

ジェーンがその一つにふれながら歌いだすと隠された物語の歌があふれ出すんじゃ。

ジェーンは物語の歌を歌った。

はじめは真珠の美しさに皆が惹かれ、そのうちに物語歌に惹かれていった。

なかでも若者たちは冒険物語に夢中になった。

くりかえしくりかえしジェーンに冒険物語を聞かせてくれと言ってせがんだ。

そのうちに若い男の魚たちは白砂に隠れ潜りながら冒険をしている夢を描いた。

そしてある日谷の広場で彼らは「これから外海へ冒険に旅立つ!」と言った。

谷の長老たちは引き止めた。

「君達は今まで何をして生きてきたのか? 白砂に隠れる暮らししかしてこなかった。

そこへいきなり外海に旅立ってどうなる?

長い海路を泳ぎきることもできないだろう。そういう体にはなっていないからだ。

危険だ。」

しかし彼らは耳を貸さなかった。

ジェーンも彼らを引きとめた。

ジェーンは外海の素晴らしさを知っていたが、危険も知っていたからじゃ。

しかし彼らは耳を貸さなかった。

そうして彼らは旅立ち、その誰ひとりとして帰ってくるものはいなかった。

谷の皆はそれから後ジェーンに近づかなくなった。

ジェーンが悪いのではない。しかし…誰もが表には出さなかったがジェーンを責めていた。

「もし、ジェーンがあんな歌を歌わなかったらこんな事は起こらなかった」と。

そして

ジェーンも自分を責めた。

「もし、私があの歌を歌わなかったらこんな事にはならなかった。」と。

そうして

再びジェーンは谷の誰にも会わない、谷の誰もジェーンに会わない生活に戻った。

ジェーンはいつしか歌を歌えなくなった。

歌おうとすると、自責の念から抑えてしまい、

歌の代わりに小さなあぶくがぶくぶくと出る。

歌いたい気持ちが強ければ強い程 抑えようという気持ちも強くなり、

絶えず小さなあぶくが ぶくぶくと出て、ジェーンを悩ませた。

いつからか真珠のひれかざりもつけなくなった。

わしは珊瑚礁の山に住んでいて、

あぶくに苦しみながらジェーンが谷からやってくるのを迎えた。

ジェーンが苦しむのを見るのはわしも胸が痛む思いだったよ。

そうしてわしらはいっしょに住んだ。

ある嵐の夜、わしはねむりからさめた。

その時ひさびさにジェーンの歌声が聞こえた。

ジェーンは山の向こうの岩場で歌っているようだった。

嵐の中で、海のうねりと一体になり

悲しみと歌いたい気持ちとどうしようもない怒りを解き放ったのじゃな。

その嵐の渦に身を任せてジェーンは再び旅立った。

外海のどこをどうしているのか、誰も知らない。

しかし、わしは確信しているぞ。

ジェーンは生きている限り歌を歌っている。と。

今もきっとどこかで美しい歌を歌っている、とわしは信じておる。

シルバー・ビーチの長い昔話は終わり、フリルは何も言うことが出来ませんでした。

ふたりは黙って『海のしずく茶』を飲み、ジェーンに思いをはせました。

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《第4章》 光の穴

フリルはある日谷の広場に来ていました。広場の片隅には石が立てられていました。

石には字が刻まれていました。 

  「帰り来ぬ若者たちの たましいを 悼む(いたむ)

フリルはその字を読みながら、シルバの話してくれたジェーンの事を思い出していました。

「ジェーンはきっと外海に旅立ったのね。私もいつかジェーンのように外海に行く事ができるの

かしら? 外海で自由に泳ぐ…そんな事ができる日が来るのかしら?」

フリルは立てられている石の台の部分に真珠がはめこまれているのをみつけました。

「物語の真珠?ふれたらどうなるのかしら? 物語が出てくるのかしら? まさかね。」とつぶ

やきながらそっとふれてみました。

その時突然あたりが真っ暗になりました。同時に真珠が光り出しました。

目の前に青い光の穴が見えました。その穴はずっとむこうまで続いているようです。

フリルはその穴に向かって少し進んでみました。すると「声」が聞こえました。

『***我が名は ゆめ。***』

その「声」はフリルの心に直接響いてくるようです。

『***はかなきもの、そは ゆめ。***

***ゆめは かたちを もたず、ふれることは できぬ。***

***しかし、ゆめは 大きなちからを うみだす。***

***うみのむこう、そらのむこう、ほしのかがやく はてまでも***

***ゆめに しがみついてはならない。たよるでない。はかなきものである。***

***ゆめはつかうものだ。かたちにしてゆけ***』

フリルはその「声」の話すことばがむずかしくて、理解できませんでしたが、何となく胸にしみて

伝わってくるものを感じていました。「声」が再びフリルに話しかけました。

***フリル。フリル。***

「あ、はい!」フリルはあわてて返事をしました。

***我が名は ゆめ。***

***そなたのたましいの 呼びかけにこたえて 我はきた。***

「私のたましいの呼びかけ?」 フリルは驚きました。

***路とは 未知なるものぞ。***

***この光の穴に入って そのまま進むがいい。***

***そうすれば そなたののぞむ未知なる路が そなたをみちびく。***

フリルは息をのんで 聞きいっていました。

***このまま進むか、それとも、このまま目をふさいで元の世界に戻るか。***

***進むなら、目をひらいてまっすぐ前を見ろ。ゆっくり呼吸して行け。***

***ひきかえすなら、目をとじてそこにすわりこんでいろ。元の世界に戻るだろう。***

フリルは進むことに決めました。

ゆっくりと深い呼吸をして、前に進みはじめました。しっかりと前を見て進みはじめました。

青い光の穴に進みはじめると、青色からきらめく色々な光へとうつりかわり、フリルの体は

まばゆいめくるめく光のトンネルの中を物凄いスピードで進んでいきました。

2ページ目に続く

★*☆

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