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海洋冒険ファンタジー

  フ リ ル 〜 歌う魚

3ページ目

フリル*1ページ *2ページ目は こちら

《第6章》 海底さんぽ

(1)たこのおばさん
(2)もうひとりの たこおばさん
(3) どろどろな世界
(4) 居酒屋 海猫亭
(5) 石占い
(6)本当にやりたい事
(7) 元の世界へ

フリル3ページ目制作日:2003/6/2〜5

フリル*4ページは こちら

*

《第6章》 海底さんぽ

(1)たこのおばさん

*

ある日フリルはひとりでカナデル・シティーを歩いていると 不思議なたこのおばさんに

会いました。たこのおばさんは8本の足にひとつずつつぼをかかえていて、道端に

座り込んでいました。見てみると曲がりくねった字の看板があり、そこにはこう書いて

ありました。

あなたも この つぼ に はまる!
「ぬけられない!癖になる!

少しあやしい感じがしました。しかしフリルは好奇心もあり、おばさんに話を聞いてみ

ることにしました。

「たこのおばさん、これはなぁに?」

たこのおばさんはフリルのようなお客さんがきたことはなかったのでちょっと驚きました。

「これは、つかれた魚がここにきて、つぼの中を覗き込むと、忘れていた夢を取り戻す

という不思議なつぼじゃ。」 黒いスミのため息をつきながら答えました。

「へぇー そういうのがあるのかぁ」とフリルは聞いていました。

おばさんはそんなフリルを見て言いました。

「お嬢さん、あんたには必要ないだろう。あんたのうろこも瞳もきらきらとしていて、夢が

いっぱいだ。このつぼは、夢を忘れてしまうくらいにつかれた魚に必要なんじゃよ」

フリルはきょとんとして おばさんのことばを聞いていました。

「これも何かの縁かね。うちの所には絶対にこないようなお嬢さんがおいでになった。」

黒いため息をはきながら言葉を続けました。

「今までに見たことのない世界を覗いて見るかい? お代は要らないよ。あんたのような

いきのいい、若い魚からお代をもらうほど おちぶれちゃいないから。」

「お代って?」

「うろこじゃよ。あんたのうろこは綺麗だ。だが、あんたのうろこをもらっても自分のうろこ

には出来やしない。私は私の体を大事にすることにしなくちゃね。 で、お嬢さん、あんた

の名前は?」

「私はフリル。」

「そう、フリル。いい名前だね。あんたにはあんたに必要な深海の世界が待ってるよ。」

「私はいままで海底の白砂の谷に住んでいたの。」とフリルは言いました。

「そう、白砂の谷よりもっと深い、太陽の光が届かないくらいに深い所へ行くだろう。」

フリルはそれを聞いて少しこわくなりました。

「何があるか、何が起こるかはわからない。けれど大丈夫だ。あんたなら大丈夫だ。他

の魚とは違う。あんたならその深みの底で大切な何かをつかんで戻ってくるだろう。あん

たのうろこは内側から輝いているうろこだ。他の魚のうろこを集めて輝こうとしているやつ

らとは違うからな。」

おばさんはそこまでいっきに言うと、またもや黒いためいきをついて、つぼをフリルの前

にさしだしました。

「フリル、どのつぼを選んでもいいんだよ。行き着く先はあんたのうろこと、あんたの体を

つつんでいる 輝き そのものが導いてくれるだろう。」

フリルは左のつぼを選びました。

「さぁ、のぞきこんでごらん。」 たこのおばさんがすすめるままにフリルはつぼをのぞき

こみました。すると、あっというまに つぼの中に吸い込まれました。

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*

(2)もうひとりの たこおばさん

*

そこはとても暗い所でした。フリルは どこかに何かが見えないか?と探しました。

その暗さに目が慣れてくると 今度は、自分の体のまわりをつつんでいる 輝き が

見えました。輝きの光はフリルの右前の方向にのびていました。それでフリルはその

方向に進んで行く事にしました。しばらく行くと前の方から光っているものが近づいて

くるように見えました。

光がだんだん大きく見えました。その光は あかり でした。

さっき出会った たこのおばさんが灯りを持っているようです。

「たこのおばさん!」 フリルは呼びかけました。

「やぁ、あんたがフリルかい。私はあんたがさっき会った たこの きょうだいだよ。」と

目の前のたこのおばさんは言いました。

フリルはあまりにそっくりなのでびっくりしました。

「ふふふ。驚いたようだね。わたしたちは深海でも珍しい8子のたこのきょうだいなん

だよ。」

と たこのおばさんは愉快そうに言いました。「8本の足で一つずつ つぼ をかかえて、

7つのつぼの中には残りの7にんのきょうだいが待っている。」

「じゃあ、8番目のつぼはどうなっているのですか?」 とフリルが訊ねると、たこのおば

さんは笑い出しました。

「ははは。あんたはちゃんと頭のはたらく魚だね。8番目のつぼは、寝る時に使うんだよ。

それに時々交代するからつぼは8つ必要なんだよ。」

「おばさんは8にんきょうだいの何番目なんですか?」とフリルは聞きました。

「そうさね、卵の中からはじけだしたのは 3番目だったな。だから、私の名前は・・・・・・・

猫目CAT’S EYEというんだよ。アイと呼んでおくれ」

「猫目って 何ですか?」

「そういう名前の石があるんだよ。、おかあさんのともだちが石に詳しいんだ。それで

一番上から順番に石の名前をつけたんだよ。」

「一番上からみんな石の名前になっているのですか?」とフリルは訊ねました。

「そう。一番目は アメシスト。二番目は ブルートパーズ。三番目は猫目(キャッツアイ)

四番目は あんたがここに来る前に 会った たこで ダイヤモンド。彼女はきょうだいの

中で一番の頑固者で、これこれはこうでなくちゃ、という堅物なんだよ。」

「猫目(キャッツアイ)って 変わった名前ですね。」と フリルは興味を惹かれました。

「猫っていうのは 何なんですか?」

「猫っていうのはね、そうだ、あたしの友達の所へ今から行こう。」とアイおばさんは言いま

した。 「そこには猫がいるんだ。さぁついといで!」

フリルは さっき会ったたこのダイヤモンドおばさんと、目の前のアイおばさんの、姿は

そっくりなのに、話しぶりやふるまいがあまりに違うので、ちょっと驚いていました。

歩きだしながら、そのことを言うとアイおばさんは笑いだしました。

「はっはっはっは! まったくそうだろう。しかしダイヤの言う事に違いはないよ。この

深海の海底には 思いもかけないものが出てくる。たこつぼを通って浅海から来る魚の

多くはつかれきっているから、深海の暗さが救いとなるのだ。しかしそれは本当の救い

ではないから、この深みにおぼれるのだ。」

「本当の救いではない? 深みにおぼれる?」 フリルはきょとんとしていました。

「そうだよ。深海の暗さでしばし休んだ時に、本当の光は太陽からだけではない、自分の

からだをつつんでそこに今ある、という事を知らなければ意味がないのだ。その事に気づ

かずに、深海の暗さに慣れて、暗い暗い海の底までも沈んでおぼれる魚がいるのじゃ。」

「海におぼれる…魚が?」

「そう。おぼれるんだよ。暗いまどろみの夢に、はまってゆくのだ。」

「たこのおばさんは なぜそういう危険な深海へ魚を誘う たこつぼ のお仕事をなさって

いらっしゃるのですか?」フリルは不思議に思いました。

「それは なぜだろう。つぼ というのは 思っている事がそのまんま 一発で解決する力

があるんだ。はじめは危険じゃなかった。いつからか、おぼれる魚が出てきたんだ。

フリル、お嬢さんは今ここにいて、危険だと感じるかえ?」

「いいえ。危険だとは感じません。どういう所か知らないけれど。」とフリルは答えました。

「そうだろう。お嬢さんは、からだのまわりの輝きが、きっちりとお嬢さんを守っているし、

うろこが内側から輝いているもの。思っている事、感じている事がそのまんま現われるの

がこの深海の世界なんじゃよ。お嬢さんにはやくざな仕事だと思われるかもしれないが」

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*

(3) どろどろな世界

*

しばらく行くと、ドロドロなぬかるみの所に来ました。

アイおばさんはフリルに「さ、ここを潜るんだよ。」と言いました。フリルは泥の中に潜った事

はありませんでした。

躊躇(ちゅうちょ)しているフリルを見てアイおばさんは からからと笑いました。

「なんだ、あんた、泥ははじめてなのかえ? カカカ。大丈夫だよ。それにここの泥は質がい

いから、あんたの体もあたしの吸盤も丈夫になるよ。見ててごらん、こうやって潜っていくん

だよ」

アイおばさんは黒いためいきを ふぅっと吹いて泥の表面にくぼみをつくり、そこに入っていき

ました。足を三本潜らせた時、フリルにも入るようにうながしました。

「さぁさぁ、あんたも入るんだよ。心配しなさんな。あんたのひれを持っててやるからはぐれる事

はないよ。」と言いながら、アイおばさんの足はフリルのひれの先にふれました。

フリルは泥に入ってみました。

「あたたかい…」少し温かい感じがしました。

「そうだろう。カカカ。ここは海底火山が近いからね。体を泥に潜らせるためだけに来る魚も

多いんだよ。それに、あたしのつぼを選んでくるやつの大半は、これからあたしらが行く所、

そこがめあてなんだ。ま、そこへたどりつける魚はそうなかなかないが。」

「何があるんですか?」とフリルは聞きました。

「酒だよ。酒!匂いがするだろう?」アイおばさんはカカカと笑いました。

フリルには 泥ははじめてで、酒というのもはじめてなので よくわかりませんでした。

「目をつぶって。ゆっくり深呼吸をして」

アイおばさんの指示にしたがって、目をつぶってゆっくり深呼吸をすると、体じゅうの力がぬけ

ていきました。そして次の瞬間、ふたりは泥の中の世界に飛んでいきました。

泥の中は温かくよどんでいて、フリルの体の隅から隅までをおおいつくしました。泥から伝わっ

てくるゆるやかなよどみはフリルの全身をゆるませました。こんな重みのある、力をぬきまくっ

た感覚ってはじめてだ…とフリルは思いました。

新しい世界に来て、楽しい事ばかりだったけど、少し緊張もしていたのかもしれません。

たゆたゆと どろどろの世界を進みつづけていくと、灯りが見えました。

ひとりの魚のようです。頭からながいコードを出していて、その先に灯りをつけていました。

アイおばさんがその魚に呼びかけました。

「あら、今あんたの所に行こうと思ってたとこなんだよ。」

その魚は答えました。「アイちゃんがお客さんをつれてくるのはわかっていたんだよ。」

「いつもの、あれで?」とアイおばさんは聞きました。

「そう、いつもの、あれ、で。ところでこちらのお嬢さんは?」

「あら、あんた、いつものあれ、で そこまでわかってるのか、と思ったよ。カカカ」

そう言うと ふたりのおばさん魚はいっしょに 腹をかかえて笑いました。

「ひぃひぃ、あんたといたら深海も深海らしくなくなるね。あぁ、腹がいてて。そうそう、この娘は

浅海からのお客さんで、名前は…」

「名前はフリルです!」とフリルは続けました。「はじめまして。お世話になります。」

「おぉ、フリル。いい名前ね。私は一般的には 〈あんこうのおばさん〉とか〈海猫亭のおかみさ

〉で通ってるんだけどね。あんちゃんと呼んでね。」

「はい、あんちゃん。」

「アイちゃんとは幼なじみでね、アイちゃんあんちゃんと呼び合っているんだよ。」と大きなお腹

をゆすりながらあんこうのおばさんは言いました。

フリルはアイおばさんの方を向いて訊ねました。「アイおばさんのことはアイちゃんと呼んだ方

がいいですか?」

「いいや、アイおばさん、でいいよ。このあんちゃんは、あんこうのくせに昔からぶりっ子で。」

「ぎゃお、言ったな。」 「言ったが悪いか。このぶりっ子」 「ぶりで悪いか、このたこ!」

ふたりのおばさんはお互いに相手に何か言うたびに、大笑いして話もすすみませんでした。

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*

(4) 居酒屋 海猫亭

*

ふたりのおばさんはどれくらい笑って話していたことだろうか、もうこれ以上は笑えないという

ところまで来て、やっと歩きだしました。暗い深海のどろの中で、ぎらぎらと明るく輝くものが見

えました。電気うなぎ と ほたるイカ が 酔いながら、体をくねらせ踊っていました。

「フリル、ここだよ。あんちゃんの店、居酒屋・海猫亭だよ。」

店に近づくと泥がますますよどんできたような気がしました。

「前に進みにくい…」とフリルは言いました。

「あぁ、ここいらの泥は酒がしみているから、余計によどんでるだろう。」とあんこうのおばさん・

あんちゃんはそう言いながら店に入って行きました。「ただいま帰ったよ!お客さまをふたり!

さんにん分、奥のいすを用意しとくれ!」

「へい!おかみさん」 店の若い魚がいっせいに答えました。

居酒屋の中に入ると、あんこうのおばさんは頭からぶらさげていた灯りを取り外して、壁の上

の方の棚に置きました。それを見て、フリルは 取りはずせるのか…と 驚きました。

奥に通されました。いすは、たこつぼの上にうすい藻草が貼ってあり、座ると、その藻草が伸び

て、つぼのまんなかあたりでぶらさがるような格好になりました。

いきのいいあなご青年が注文を聞きに来ました。「何にいたしましょう?」

「こちらのお嬢さんには…フリル、あんたは酒は飲んだことは?」とあんちゃんが聞きました。

フリルが首をふるのを見て続けました。「じゃあ、海のしずく茶割り。そして私らふたりには、

うみうしの歌酒。」 「あんちゃん、あんたはまだ笑い足りないのかい? うみうしの歌酒なんか

飲んだら笑って笑って死んじまうよ。」とアイおばさんは言いました。

「じゃあ、即興であなごの若いのに歌酒を作ってもらおうか。あんたのこないだ作ってくれた歌

酒は爽やかで 喉ごしが良かったよ」とおかみさんのあんちゃんは言いました。あなごの青年

は はじめはしり込みしていましたが、おかみさんに言われて歌酒を作る事になりました。

「お酒っていうのはどうやってできるのですか?」とフリルは聞きました。

「この店の裏で作っているんだよ。見るかい?」とあんちゃんは言いました。

そうして、フリルはふたりのおばさんにつれられて、店の裏の離れにある酒蔵に行きました。

酒蔵の前には、ぶくぶくとあぶくと泥がわいていました。

あんちゃんはそれを指して言いました。「あれが酒のもとの泥だよ。ここは海底火山が近いから

いつでも新鮮な泥がわくんだよ。それを大きな樽(たる)に入れて、夜な夜な歌い聞かせるんだ。」

「歌い聞かせる?」

酒蔵の中はいくつもの部屋が分かれていて、一つの部屋で一つの種類の歌酒ができるように

なっていました。部屋の戸の前には 一つずつ名前が書いてありました。

「うわばみの歌部屋。こっちはイルカ波乗りの歌部屋。ドロドロえんか君の歌部屋。色々ある

のねぇ…」フリルは眺めながら感心しました。

歌部屋の中を見ると、どの部屋も 大きな樽が一つか二つありました。

「うわばみの歌部屋。これが一番はじめに出来た歌部屋だよ。うわばみが酒樽のまわりをぐる

りと 取り囲んでとぐろを巻いて、夜な夜な歌をきかせて、歌酒を造ったんだ。それが最初さ。

そうだ。フリル、こっちは最新売り込み中の、あなご青年の歌部屋だよ。爽やかな歌で爽やか

な歌酒ができるんだよ。」「へぇー そうなんですかぁ」

「あんちゃん、この歌酒はどれくらい歌を響かせるんだい?」とたこのアイちゃんは聞きました。

「そうさね、大体一産卵 歌を聞かせてやっと酒は歌酒になるね。しかし、最近はあなご青年の

歌酒とか軽いものがうけるようになったからね、一晩だけの歌酒というのも造っているよ。」

店に戻ると、歌酒やしずく茶割りが用意されていました。

「さぁ みんなの健康と 泥がいつまでもみずみずしくよどんでいますように!祈りをこめて!」

「乾杯!」

フリルは海のしずく茶割りを飲んでみました。口の中でぷちぷちと泡がはじけました。

「おいしい」

「おや、フリル、あんたも いけるくちだね。しずく茶割りには歌酒ではなく酒が入っているんだ。」

とおかみさんのあんちゃんが言いました。そこへたこのアイおばさんがあなご青年の歌酒を少し

注ぎました。「さぁ、これで飲んでごらんよ。」

フリルは言われたまま飲んでみました。すると全身がかぁっと熱くなり、ひれとしっぱがのびて

広がりきってしまいました。それだけでなく椅子から宙に浮いていき、海の宙へと漂っていきまし

た。ピンクの花が咲いて漂っていくように見えました。

どろどろの深海の世界ではなく、青い青いすみきった海の宙の世界でした。

白い光がきらきらとそこかしこを照らしていました。

フリルの周りを白い光が包み込んでいるのを感じました。

☆フリル☆

光の声が呼びました。

☆。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*☆

ことばではない声がフリルの内側に響きました。

フリルは意味はわからないままそれを受け取りました。

☆。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*。.*:・'゚☆。.:*:・'゚★゚'・:*☆

ゆっくり呼吸をしながら受け取っていると、内側で何かが生まれました。

という感じでした。

それはやがて「☆。.*:・'゚☆。」となりました。

ゆっくり水をはきながら呼吸すると それは 声になりました。

☆。.*:・'゚☆。.:*:・'゚☆゚'・:*。.*:・'゚★

出てくるままにまかせて 声を出すと それは歌になりました。

フリルにとって それは はじめての歌となりました。

*

★フリルの歌★

* * *

きらきら 海が きらめく朝に

私は 歌う 私は 歌う

きらきら 海が きらめく朝に

*

きらきら 月が きらめく夜に

月が 歌うよ 星が 歌うよ

きらきら 月が きらめく夜に

* * *

フリルは ひれを ひらひらなびかせながら 宙を漂っていました。

白い光の中から なにかが見えました。

ひとりの魚でした。

それは白砂の谷にすんでいる魚のひとりのように見えました。

目が少し大きいミランダでした。

ミランダが若いさかなを教えているような場面が見えました。

ミランダは大きな目を生かして、谷の誰も気づかない事を発見したり

大切な何かをみつけたりして、今では 谷で 一目置かれる存在になっているようでした。

*

「ミランダは 谷から外へは出なかったけれど、谷の中で精一杯、

ミランダらしく生きていったんだわ。」

とフリルはつぶやきました。

「谷にいた時、私は《外海へ行きたい》と外ばかりに目を向けていたけれど

谷の中でも自分らしく生きる方法は あったのかもしれない。」

「でも 外海に来てしまった 今となっては…。

今できることをせいいっぱい やっていく事。それだけね。」

*

そうつぶやいた時 さっきの歌がまた出てきました。

* * *

きらきら 海が きらめく朝に

私は 歌う 私は 歌う

きらきら 海が きらめく朝に

* * *

*

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(5)石占い

気がつくと フリルは見知らぬ所にいました。丸い岩を並べて作ったような部屋でした。岩の

表面にはいろいろな色の細かい苔や丈の短い海草がびっしりとはえていました。よく見てみ

るとそれは綺麗なつる模様を描いているようでした。

「おや、お目覚めのようだね。」

あんこうのおばさん・あんちゃんが部屋のまんなかに座っていました。

「大丈夫かい? こっちへおいで。二日酔いにはこれが効くんだよ。」と言いながら丸い玉を

取り出しました。

フリルは少し頭が痛く ぼぉっとしていました。「これは何ですか?」と聞きました。

「これはね にせ真珠。真珠を造るアコヤ貝にあこがれたカキが《自分も真珠を作ってやるぞ》

と頑張って造った、にせ真珠。 意外に 二日酔い には効くんだよ。 さぁ お飲み。」

口の中にいれると 甘い香りがしてすぅっときえました。

「甘かっただろ。カキが あこがれの気持ちで造っているから、甘いんだよ。まだしばらくは

酔いが残っているかもしれないが、たまの酔いも良い良い。」あんちゃんは苔の上に何かを

並べながら言いました。フリルは、あんちゃんが何をしているのか、と思って、あんちゃんの後

ろにまわって見てみました。

すると、石の上の苔の美しい模様は、歩くにつれて違う模様に見えました。見る方向が変わると

色も違って見えて、それにより全体の模様も違ってみえるのでした。

つる模様だったのが 丸い円がいくつもの重なったり中央から放射線状に線が伸びていたり、

らせんを描いていたり、複雑で、それでいてとても綺麗なものが見えました。

あんこうのおばさん・あんちゃんは真剣な表情でそれに向き合っていました。

おばさんは、らせん状の線の上にピンクの色の光が動いているのを追って見ていました。

ふたりは黙ってそれを見つめていました。

しばらくしておばさんが口を切りました。

「フリル、あんたは違う海流に住んでいたんだね。それがある不思議な引力の法則が働く時に

居合わせて、あんたはいくつもの並行している海流をくぐりぬけてこの深海までたどり着いた。

たこの猫目(cat’s eye)おばさん・アイちゃんと出会って、海猫亭のおかみのあたしに会うっての

もそう なかなかない事なんだよ。」

「え? そうなんですか?」とフリルは聞き返しました。

「そうだよ。たこつぼを通って、深海にくるやつ全員を ここに案内する訳じゃない。たこの目に

かなったものだけがここまで来る事ができる。たいていの奴は 泥にはまって、気分よくなって

お帰りだよ。 もっとも昨日は月の引力と星の輝きのある一定の方程式通りになって夢の回路

を開く日だったから、たこのアイちゃんは深海で誰かがくるのを待っていたんだよ。そこへあら

われたのがあんただったという訳だ。」

フリルはそれを黙って聞いていました。うろこがいつもよりも輝きだしました。

その時部屋の隅から何かがあんこうの近くまで動くのが見えました。「みゃあー」

「ぁあ、あぁ。よしよし。」あんちゃんはひれでなでてやりました。それはふわふわとしていました。

歌姫ファイアー・オパールの髪に似たウェーブがあり、色は全体に白くて所々銀色に光ってい

ました。体の大きさはフリルの半分くらいで 四本の足としっぽがありました。

緑色の二つの目は、時々まばたきをして隠れるようでした。

「この子もあんたと同じなんだよ。ある意味ではね。 ある時、海底から火が吹いて、海底が

激しく揺れた。あれは何産卵前だったかな? 色んな海流時空が乱れて、いつもは開かない

海の戸が開いた。そしてその回路を通って、この子がやってきた。」あんこうのあんちゃんは

その子をなでながら話し続けました。

「この子は海猫。たぶん海の外側の世界に住んでいるのではないかしら。浅海からくる魚が

前、この子の泣き声は海と空の境目まで行った時に聞いたことがある、という話を聞かせて

くれたもの。それで 居酒屋の名前も 《海猫亭》と 名づけたんだよ。」

フリルもいっしょに海猫の毛をふわふわとなでながら 話を聞いていました。

「あんちゃんの、見ていらっしゃる これ は 何ですか? これは何をしておられたのですか?」

「これはね、7つの海の海流図 と 海の外の天体図を 重ねたもので、平行海流と交錯時空

を読み取るものなの。」

「へぇー…」とフリルは訳がわからないままにも感心していました。

「そしてこのピンクの星はあんただよ。あんたのたどってきた路がこれでわかる。あんたの星は

はじけ星だから、一箇所でじっとしている事はむずかしいだろう。いつでも新鮮な気持ちで生き

続ける若い星だ。さぁ、ここに石がある。綺麗だなぁと思う石を選び出してごらん。」

あんこうのおばさんは かたわらの袋からたくさんの石を出しました。石たちはさまざまな色で、

さまざまな輝きでそれぞれ話をしているようでした。

「うわぁ綺麗 綺麗」

ひとつずつ見ていると 石の中に何かの形や、こまかい泡のようなものが見えたり、中には傷

がついているものや、他の石のかけらがいっしょにくっついているものもありました。

「この世には色んな石があると思うんだけど あたしは、この子らみたいな石が好きなんだよ」

フリルはそれはどういう事なのか? と目と耳をすませて聞いていました。

「生きてりゃ色んな事がある。それと同じで、こういう色々なものをかかえている石はそれだけ

石の持つ意味や味わいが深い、って事だよ。色々なものを包括して生きてるあたしらの、うろこ

の傷やはがれてしまったとこなんかも、癒していくことができる。純粋に綺麗な石というのは、

本当に見ていると綺麗だよ。しかし、こういう含みのある石は時として医師として働いてくれる。」

あんちゃんは少し言葉を区切って、再び続けました。

「あんたは、歌う魚だね。でも同時に聞く魚でもある。あんたと会う魚は皆自分の思いを話す事

ができる。思っている事をことばにするというのはできるようでいながら、結構難しいものだ。

何となく思っていることをそのまんま言葉にできた時、うろこにしみついている痛みも癒していけ

る。言葉にする事で痛みをうろこから解き放つことができるんだ、うろこをはがさずに痛みだけを

はがす事ができるんだ。 さぁ、フリル、石をひとつ選んでごらん。」

フリルは 目がくぎ付けになった石にふれました。 それは透明な透明な石でしたが、傷がつい

ていました。その傷はうろこの形になっていました。

あんこうのおばさんは その石を見て 息をのみました。「この石…」

フリルはおばさんが袋から出てきた石をみていて、どの石を見ても、美しくてすこし悲しい感じが

しました。しかし、その選んだ石を見た時、その悲しみが癒されたような気がしたのでした。

おばさんは言いました。「この石はこんな傷がなかったはずだよ。魚のうろこを受け取って、輝き

の光にうながしていく、という石だったんだが。これはきっと、フリル、あんたのうろこの痛みを、

この石は受け取ってくれたんだろう。」

そう言いながらおばさんはその石をフリルに渡しました。「これはあんたが持っておいき。」

「あんたはこれから行くとこ行くとこで、さまざまな魚の話を聞くことだろう。聞くということは純粋

にうろこをとぎすませていなければできない事だ。いろいろな痛みを癒していくだろう。聞く事と

歌う事で。聞くことで相手のうろこから痛みやしがらみをはがしてやり、あんたの歌でうろこの傷

が回復する力を強くさせる。はがれたうろこも新しくうろこが生まれるという事を、忘れてしまい

がちだが。あんたの歌はそのすべての魚の生きていく力に働きかける。」

「え、そんな力があるのですか?」とフリルが聞きました。

「そうさ。実際、昨日のあんたの歌は そうだったよ。」

「歌? 私は歌を歌ったの? しずく茶割りに歌酒を入れて…」

フリルは思い出していました。美しい光を見た事と、ふるさとの懐かしい友ミランダの姿を見た

事も、思い出しました。そうして外海にきてしまった今は、自分がいる所で精一杯生きていくと

決めた事も。

「綺麗な子供の声のような歌声だったよ。あんたの歌を聞くと大抵の魚は自分の卵時代を思い

だすだろう。 どんな魚になって、どういう風に泳ぎたい、と思っていたか。夢をたくさん持ってい

た頃に戻るんだ。珊瑚の花のような、シンプルな癒しだ。」

あんちゃんはそこまで言うと 海猫をなでました。

「この海猫のように、そこにいるだけで癒しとなるものもいる。このやわらかな海猫がどれだけ

あたしの救いとなってきたか。」

「にゃあ・みゃあ」海猫はわかっているよ、という風に答えました。

「この深海は七つの海のすべてとつながっている、不思議な所なだよ。すべての海、すべての

海のいきものとつながっているこの深海には、物凄く清くて、ある意味では物凄く暗く深く、はまり

きってぬけられないものもある。まぶしい太陽の光が届かないが、月の光は届く。あたしらには

月の光だけで充分なんだよ。浅海には住めないんだよ。深海のここで、こののしかかるような潮の

重い動き、それに適応して生きる魚なんだよ。時としてそれは骨身にこたえる重さなんだがね。」

フリルは深海に来て、泥をみて驚いたけれど、潮が重いということは感じませんでした。

「潮が重い? ここは潮が重いのですか?」と訊ねました。

あんちゃんは 目を開いて言いました。

「あぁ、それでか。この海流図で、あんたの星は何ものにも属さず、何ものにも属す、という流れ

に乗っているのはそういう事だったのか。おぉ、そうだったか。わかった」

「何ものにも属さず、何ものにも属す…?」

「そうだよ。あんたは一つの所、どこそこの海流海域だけに生きるという魚ではない。すべての

海流海域に生きていく、ある意味では放浪の魚だ。それでいて、どこへでもなじんで生きていく事

ができる。きっとあんたは今までも平行海流を越えてきたように、これからも越えていくだろう。

温かい海流も冷たい海流も、泳ぎきっていくだろう。あんたはあらゆる環境にも適応していく体

とうろこを持っている。そうして寒いところに住む魚の話も聞き、灼熱の太陽光線を受ける熱海

の魚にも会うだろう。自分の生きてきた環境だけしか知らないものだよ、大抵の魚というものは。

違う世界に生きるってのはどんなものか、皆知りたがる。行きたくても行けない体のものはいる

んだよ。しかし、あんたはそれを、飛び越えて、うろこの旅をさせてあげられる。」

「それって 歌姫ファイアー・オパールやジェーンのような…?」

「そうだよ。ある意味ではそうだね。でもあんたはあんたのやり方ってものがある。あんたには、

あんたの歌ってのがある。それを大事にしていくんだよ。」

「はい。」フリルはうなずきました。

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(6)本当にやりたい事

翌日フリルはたこのアイおばさんと泥のぬかるみに戻りました。泥ははじめに来た時よりもぬか

るんでねばねばしていました。

「ふむ。この調子だと新しい泥ぬかるみができるな。」とアイおばさんは言いました。

「浅海から来る魚のうろこについているしがらみと、酒のしみこんだここの泥は、結ぶつくと、どう

なるか? ねばりができる。」そう話しながら興奮しながら黒いため息をふんふんと吹きました。

「ねばりが余り強くなると問題だ。ねばりが固くなって、中に入った魚が ぬけられなくなってしまう。

疲れをとりにきて、かえって疲れにとりつかれてしまうのだ。本当は泥はねばりが強いほどその

効果は高くなるんだけどね。危険もつきものなんだ。それでそうなる前に 海底火山は、ひと暴れ

して火を噴き、マグマを出して新しい泥たまりのぬかるみを作ってくれるのだ。」

「というと海底火山が爆発するという事ですか?」

「そうだ。火山は噴火してなくても海底の奥深い所でいつでも活動している。たこやあんこうは

敏感にその振動をキャッチする。泥のねばり加減でもわかるんだよ。」

「詳しいんですね…。」とフリルは感心しました。

「毎日見ているから色々わかってくるんだよ」とたこのアイおばさんは頭をかきかき言いました。

「深海にくる魚のほとんどがうろこの輝きが鈍っている。ここの泥につかりはまってうろこが輝き

を取り戻してゆく。しかしあんたははじめっからうろこが輝きまくっていた。そして今その輝きたる

や、まばゆいばかりだ。あたしにはわかってたよ。あんたは歌酒がいけるくちだと。ふふふふ」

「え? わたしは歌酒を飲んで歌っただけじゃなかったんですか?」とフリルは聞きました。

「おやおや。覚えてないのかい? あんたのひれはもっと動きたがっているようだよ。店の中を

走りまわり、店の外に飛び出して海の宙あたりを暴走してびゅんびゅん飛びまわっていたよ。

あたしは魚があんなに飛びまわれるものだとは知らなんだよ。」とアイおばさんは言いました。

フリルは驚きました。全然覚えていませんでした。

「それは本当なの? 本当に私は飛び回って暴走?!」

「あたしはそれを見て思ったんだよ。あんたは本当にやりたい事をまだやってないんじゃないか?

ってね。 まだまだ自分を抑えているんじゃないか?って思ったよ。そうでなけりゃあ、あんなに

嬉しそうな声をあげて バカみたいにひとりでさわぎまくるなんて事ぁ、そうできるもんじゃないよ。」

「ヒェーーーーー!」フリルは大きなひれで自分の目を隠し、泥の中に飛び込んで潜ってしまいまし

た。そして白砂の谷にいた時のように、目だけを出して全身を隠そうとしました。

しかし、出来ませんでした。ひれが浮きあがって体を隠すことは出来ませんでした。

「まったく、あんたは何をしてるんだい?」とアイおばさんは黒いため息をつきました。

「そうやって身を隠すって事のまるで反対の事を、あんたの体は求めてるんじゃないのかえ?

世話のやける娘だね。さぁさぁ出ておいで。」

フリルは観念して出てきました。アイおばさんの言う事がそのとおりだと 体ごとうろこごとわかって

しまったからです。

「泥の中に飛び込む元気があるんだったら、それを海じゅうをかけめぐる事につかったらどうなん

だい? まったくバカな娘だね。ふっふっふ〜」

アイおばさんは丸いため息を続けてはきだしながら笑いました。

「だって、飛び回っちゃ、ダメメなんだもん。」とフリルはつぶやきました。

「誰が言ったんだい? そんな事」アイおばさんは尋ねました。

「白砂の谷の 皆が。先生も。おとなの魚の皆。こどもの魚も。」とフリルはえらを膨らましながら

言いました。「小さい、卵の時から、じっとしていなさいって、うるさく言われて……… 」段々声が

小さくなってきました。

「フリル。」アイおばさんは8本の足でフリルのひれとしっぽをつかんで伸ばしました。

「あんたはもう谷にいるのではない。ここは外海。それも深海だ。白砂の谷の誰に何を言われた

というのはもう捨ててしまいな。あんたが広々と海を泳ぐのに邪魔なだけだ。」

「………」フリルは涙をうかべて聞いていました。

*

「あんたが本当にしたい事をしようとすれば、そいつはあんたのひれとしっぽを引っ張るだろう。

やりたければやりたい程、それは邪魔しようとするだろう。《絶対にしては行けない!》 と とど

めるだろう。谷の中で生きていくのには必要だったかもしれないが、今のあんたと これからの

あんたには、もういらないものなんじゃないのか?」

「………」フリルは何度も何度もうなずきました。そして「でも、かげぐちが聞こえてくるみたいな

気がする。そのたびに体が固まってしまうの。」と言いました。

「そうだろう。ほとんどの魚は 海域や環境にとどまって泳ぎ生きる。それを超えて行こうとするの

は危険を意味する。しかしすべての魚は、そこで生き始めた最初のひとり、というのがいたに違い

ない。すべての魚の先祖に危険を乗り越えてそこに住みだした、開拓者がいたに違いないのだ。

そうしてたまにその血が騒ぐのだ。何代目かにひとり、危険をおかす魚がひとり現われる。」

フリルは目を見開いて 聞き入りました。

「フリル。あんたも きっと そういう先祖の血が流れているに違いないのだ。あんたのうろこの

血潮はわかっているんだよ。」

アイおばさんの話が、その通りなのかどうかは誰にもわからないけれど、フリルの内側では、

何かが 腑 に おちいり、体の中心が定まる感じがしました。その時フリルの目が光り、体が

芯から光り、ひれの先まで光りました。それはほんの一瞬だけのことでした。しかしフリルはもう

昔のフリルではありませんでした。今のフリルは「今の」フリルでした。

*

「さようなら。アイおばさん。ありがとう。」フリルはお礼と別れを告げました。

「フリル。こちらこそありがとう。」アイおばさんは8本の足を全部ふりました。

「あんこうの、あんちゃんに、よろしく伝えてください!」

「あいよ!気をつけて帰るんだよ」アイおばさんは黒い息を長く吹いてフリルを送りました。

アイおばさんの黒い息がフリルのまわりをとりかこみ、それにつつまれて泳いでいるうちに、ひれ

としっぽが屈託なく軽やかに動いていくのを感じました。フリルのうろこ全体から光が溢れ出し、

その光の導くままに進んで行きました。

(7) 元の世界へ

気がつくと、道端のたこおばさんが目の前にいました。

「おや。お帰りだね。フリル」とたこのダイヤおばさんが言いました。

「ただいまぁ!」フリルは元気よく 答えました。

「楽しかったようだね。」と、ダイヤおばさんは たそがれた風に言いました。

「はい!とっても」 とフリルは機嫌よく言いました。「ありがとう! アイおばさんとあんちゃんには

とってもお世話になりました。」

「そうかい。そら、良かったね。……しかし、どんな世界を見たんだろう?こんな機嫌のいいお客は初めてだ。

最後のたこのおばさんのつぶやきは、フリルには聞こえませんでした。

4ページ目に続く

 

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