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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

〜2 旅立ち〜

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夜が明け、サラジーナはよく眠れないままに朝を迎えました。

皆は結局たきぎを囲んだまま眠ったのでした。

サラジーナ以外にはただひとりばあやだけが起きて、サラジーナの

旅立ちの身支度の手伝いをしてくれました。簡単に作った、しかし

温かいスープと固いパンを食べて、サラジーナは少し元気が出まし

た。

サラジーナが食べ終わるとばあやが袋を渡して言いました。

「これはあなたが私たちのところに来た時、赤ちゃんだった時の、

あなたが身につけていたものですよ。」

中を見ると上質の白い赤ちゃん用の産着とバラの花の形に彫った

石が見えました。花の部分は赤い色で葉の部分は緑色になってい

ました。自然に色が分かれている石をうまく加工して彫ったものの

ようです。

「きれい・・・」サラジーナがバラの石にふれた時、白い産着にも、

めだたないけれど白い糸でバラの刺繍がほどこされているのがわ

かりました。バラの石はその花のがくの部分に丸い小さな穴があ

いており、そこにはジプシーたちの紋が入った鎖が通されていまし

た。

「昨夜遅くにあなたが眠った後、長がいくつか鎖を出してきて、あな

たにあうものを選びだしたのです。そして皆であなたの無事と幸福

を祈ってこの石に鎖を通したのです。」

サラジーナの右の目から大粒の涙があふれてきました、そして左

の目からも。「皆・・・ありがとう。」

サラジーナは黒すぐり色のマントをかぶり、ばあやと抱き合いまし

た。「サラジーナ、気をつけて。」「ばあや、行ってきます。」

別れを惜しんで二人とも腕を離せませんでした。やがて、サラジー

ナは小さくまとめた荷を持ち歩き出しました。秋の風がサラジーナ

の顔をなでて吹いていきました。

 

サラジーナはジプシー達と住んでいた町の東へ向かう事にしました。

うまく東へ向かう荷馬車があった為、それに乗せてもらいました。

サラジーナにとっての新しい町、それはそれまでに住んでいた所とは

まるで違う国でした。たった一つの山がまるで違う習慣や人々や国を

分け隔てるのでした。

サラジーナは市場へ行き、野菜や色々な織物やカーペットなどを売っ

いる店を見て歩きました。にぎやかな雑踏の中を色々見てまわってい

るサラジーナの耳にひとつの声が飛び込んできました。

「うぅむ、困ったものじゃわい。」

見てみるとサラジーナは野菜を売っている店の前に来ていました。

「まったくどいつもこいつも、ボンクラモンが!」

その店の主人が頭をかかえていました。

「どうかされたのですか?」とサラジーナは声をかけました。

「店の使いに出した若けぇ奴が、帰ってこないんだよ。あいつは又ど

こかに寄り道して、ふらふらと遊び呆けているんだ!この前もそうだ

った! 今度見かけたらタダじゃおかねぇ。しかしこのままじゃ困っ

た。手が足らない。お。あんた、暇かい? ちょいっと手伝ってくんね

えか?」

「ええ、いいわ。」とサラジーナが答えると店の主人は喜んで言いまし

た。「おぉ、そうか!わしの名前は ナジータ。あんたの名前は?」

「私はサラジーナ」ふたりは握手をしながら話しました。

「サラジーナ、わしの事は店にいる時は”マスター”と呼んでくれ。本当

に助かったよ。これからこの品物を荷造りせねばならないんだ。」

「わかりました。」

その日サラジーナはナジータの手伝いをしてすごしました。サラジーナ

はこの国にきてからはこんな風に使い走りなどの小さな仕事をして、

一日一日をすごしてきました。

 

どれ位かたってそういう暮らしにも慣れたある朝、サラジーナはいつも

の通り道に、人だかりがあるのを見ました。沢山の人が道の両側に

立って、道の真中を何かが通っていくのを見ているようです。

「何が見えるのかな?」とサラジーナは思いました。人だかりの間をか

きわけて覗いてみました。するとはじめに今まで見た事のない程大き

な白馬が通るのを見ました。白馬は沢山いて、いくつも荷車を引いて

いました。サラジーナが人だかりの前まで出た時、その荷車の荷から

何かが落ちて、サラジーナの前までころがってきました。

それは赤い色の果物でした。落ちた時ほこりがついたのでそれをはら

っていたら、サラジーナの頭の上から「こら!」という声がしました。

「何をするか、こいつはいつのまに盗んだのだ!」と馬に乗った男から

罵声を浴びました。サラジーナは驚いて身をすくめました。

「いえ、違います。これは落ちてきたから拾ったので…」

「クリリアント姫へのお貢ぎものを盗むとは! ふてぇ奴!」

サラジーナはうむを言う間もなく、男たちにつかまれてしまいました。

 

サラジーナは、その国の王の住んでいる城の前までつれていかれまし

た。その城というのは見るもあざやかな青い色のタイルをふんだんに

使い、唐草模様のふちどりがあちこちにされていました。

玉座には王様が座っていましたが、サラジーナは見る事ができません

でした。何しろ逃げないように縄でしばられていてとても怖く、震えてい

ました。

サラジーナを泥棒と決め付けた男が王様に言いました。

「この者の処分はいかように致しましょうか。打ち首がよろしゅうござい

ますか。それともむちうちの刑がよろしゅうございますか。」

王様が「うむ」と言った時、横から女の声がしました。

「お父様、待って。」

一同がその声のする方を見ると美しい姫が立っていました。それは

サラジーナが長の部屋の鏡で見た、あの美しい姫と同じ姿同じ顔を

していました。

「これは姫。姫は人目につくような所へ出てはならぬ、とあれほど申し

たではないか。」と王様が言うと姫は王様の横まで進んで言いました。

「私は見ていたの。この人は盗んだのじゃないわ。落ちてきたのを拾っ

たのよ。」

「姫。」

「本当よ。私は見たの、これで。」姫は茶色い筒状のものを王様に見

せました。「お父様、これは本当に遠くのものがよく見えるわ。」

「クリリアント姫よ。そなたは本当に見たのかね?」

「ええ、見ました。」

「それは確か、チャイナの国からの献上品だったな。うむ。よし、その

者は無罪とする。」

「ね、お父様、この者を私にちょうだい。」とクリリアント姫はサラジーナ

を指差して言いました。

王様はうなずいて言いました。「よし、この者はこれからクリリアント姫

のおつきの一人とする。今日はこれまでじゃ。」そう言って王様は席を

立ち、一同は頭を下げました。王様は重々しい顔をしてマントをひきず

りながら退場しました。

サラジーナはその日から王宮の中のクリリアント姫のおつきになりまし

た。

 

サラジーナはいったん町に戻り、お世話になった市場の人々に簡単に

挨拶をすませてから王宮に戻ることにしました。この国に来てから市場

で使い走りをしながら暮らしていく方法は、野菜売りの主人ナジータと

出会ってつかんだものだったので、特別にナジータにだけは今までの

事やこれから王宮に入って姫のおつきになる、という事などを話しまし

た。

ナジータは禁じられた酒を飲みながら言いました。

「そうだったのか。サラジーナ。あんたの身なりや声は普通の女の子

ではない何かがある、と感じた事もないではなかった。歌うような声の

響きはジプシー暮らしから得たものだろうと思ってはいたが。あんたは

時々うちで売り子をしてくれたな。その時うちの店は野菜が主役じゃな

くてあんたが主役になっていた。あんたがお客を呼ぶ時皆あんたの声

にひかれるんだよ。歌うような声、踊るような手の動き。売り子なのに

どこかの姫さまのみたいにしゃんとしてた空気があってさ。」

「マスター・・・ナジータ。」

「サラジーナ。行くがいい。クリリアント姫は高慢ちきな姫だと聞いてい

るから気をつけてナ。」

「はい。ありがとうございました。本当に今までお世話になりました。」

日が暮れかけていました。サラジーナは日暮れには王宮に戻って、

クリリアント姫のおつきの仕事を始めなければならなかったので、ナジ

ータとゆっくり話す暇もなく、早々に引き上げなければなりませんでした。

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