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サラジーナ
〜千夜一夜の風〜

〜17 空飛ぶじゅうたん〜

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ある日サラジーナは久しぶりに王宮へ行きました。廊下を歩く

サラジーナの姿を見て、女官長さんが声をかけました。

「おはようございます。サラジーナさん、今日はお着替えしないで

そのままのお姿でいらしてくださいまし。」

「はい。かしこまりました。」サラジーナは(あれ、どうしてかな?)

と思ったけれども姫修業のドレスに着替えないでまっすぐクリリア

ント姫のところまで行きました。

 

部屋にはクリリアント姫がいました。サラジーナが入っていくと待ってい

たぞといわんばかりに、にこにこしてやってきました。

いつもはサラジーナが部屋にいて姫のおこしを待つのに今日は少しよ

うすが違うようです。

「おぉ、サラジーナ、待っていたぞ。こちへ。」と言って手招きしました。

「は。姫さま。」と言って姫のところへ行きますとちょうど女官長とジルベ

ルがふたりで何かを運んできました。くるくると巻いてあるのをほどき

のばしてみますとそれは一枚のじゅうたんのようでした。幾何学模様の

花の絵柄が織り込んでありました。

「サラジーナ、これは何だと思う?これはだな、これはだな」と姫が目

を輝かせてサラジーナの答えを待たずに、言いました。

「これはね、魔法のじゅうたん、なのだ!」

「はぁ?」サラジーナは目を丸くしました。

横から小さな声で女官長がサラジーナに「いえ、まだ魔法と決まったわ

けではございません。」と言い、姫ににらまれました。

 

「お父さまが色々な国からのみつぎものを蔵に入れてしまっているの。

お父さまは先日、手をふれない一番古い蔵を整理していて、埃だらけ

でどうしようもないから、捨ててしまえ、と言ってたのをもらったの。」

サラジーナはことばもなく、ただ口をあけて聞いていました。

「それでね、これはひどい埃だったから私の目にふれられる位に

きちんと掃除するように、と私は言ったの。」と姫は鼻を高々とあげ

て言いました。

そこで女官長が横から入ってきました。

「えぇえぇ、それはもう、とてもひどい汚れでしたわ。」と女官長は言い

ました。「でも埃を払って包みをとりましたら、中からこんな綺麗なじゅ

うたんが出てまいりました。」

「え、女官長さんがじきじきに埃を払われたのですか?」とサラジーナ

が聞きました。

女官長は眉をひそめて「いえいえ、わたくしは命じましたの。しもじもの

ものにやらせました。」と言いました。「皆、さわるのもいやがりました

けれどもね。コホン。しかし、わたくしはきちっと姫さまの指示が伝わる

ように管理しましたよっ。」

「女官長、話が長いぞ。」とクリリアント姫が言いました。

「はっ申し訳ございません。」女官長はすすすと下がりました。

「サラジーナ、このじゅうたんだが、よく見れば見たことのない文字が

織り込まれている。」と姫が指さしました。「ジルベルの話ではこの花

はそなたに関連があるのではないか?という事だ。」

 

そこでジルベルが前に出てきました。

「サラジーナさま。このじゅうたんが包まれていた紙がここにございます。

ご覧ください。これはかつてハイアー王国の宮殿だった風の宮殿で見か

けた紋様とよく似ています。」

サラジーナが見てみると確かにそのとおりでした。

「紙にはこう書いてありました。古代文字で判別しにくかったのですが」

「何と書いてあったのでしょうか?」とサラジーナは訊ねました。

「聞きたいですか?」とジルベルはもったいぶって言いました。

「ジルベル! もったいぶらずに言うんだ! その話は私も聞いてない

ぞ!」と姫はぷんぷんして言いました。

「は。姫さま。申し訳ございません。え、紙に書いてあったのは…。読め

ませんでした。」

「何と!」クリリアント姫をはじめその場にいた一同はがっかりしました。

 

「しかしここにおいでのサラジーナさまでしたらおわかりいただけるのでは

ないかと思いまして、ここにご用意してございます。」とジルベルは手にし

たものをサラジーナに見せました。

サラジーナはジルベルから紙を受け取りました。埃を一生けんめい払っ

たであろう、古びた紙は、ジルベルの言うようにバラ刺繍の紋様が押し

てありましたし、じゅうたんの花紋様は風の宮殿の中にあったじゅうたん

と似ていたような気がしました。

サラジーナは黙ってその紙の文字をみました。そして

「これは…」

と言って黙りました。

皆も沈黙してサラジーナを見守りました。その沈黙を破って、姫が一声

発しました。

「サラジーナ、ど、どうなんだ。」

「あ、姫さま。これはジプシーのことばです。」とサラジーナは言いました。

「ジプシーの? それで何と書いてあるんだ?」クリリアント姫はじりじりと

身体じゅうを動かしながら訊ねました。

「はい、こう書いてあります。

なんじの望むみちすじをさししめせ。

しからずんば、なんじは そ に いるであろう。

あなたの行きたい道はこっちだ、と指させば、そこに行ける、という事だと

思います。」

「ほぉ〜。 という事は、やはりこれは魔法のじゅうたんか?」と姫はわく

わくした声をおさえずに、飛び跳ねました。

「かどうかはわかりませんが。」とサラジーナが言うと姫はがくっとしました。

「と言いますのは、これはくりかえしくりかえし、呪文のようにとなえながら歌

う、ジプシーの伝統的な歌の一つなのでございます。」

「サラジーナ、それを聞かせてもらえないか?」と姫は言いました。

「そうですね…それでは今夜、月がでましたら。」

「今すぐでは無理なのか?」と姫は聞きました。

「この歌と踊りは、身を綺麗にして、香油で清めてからでないといけないの

です。」とサラジーナは答えました。

「そうか。それでは今宵月が出る時に! サラジーナご苦労であった。」と

言って姫は部屋から出て行きました。

 

姫が出て行った後、ジルベルはサラジーナにじゅうたんがよく見えるように

見せました。じゅうたんの花紋様をよく見ればそこにもさっきと同じ文字が

織り込まれていました。

ジルベルはサラジーナに言いました。

「もしかすると、これは本当に魔法のじゅうたんかもしれませんぞ。空とぶ

じゅうたん、の話は聞いたことありますが、わたくしは夢物語だとは考えて

いません。我々の知らない世界があって、じゅうたんを飛ばすことなんて

ヘでもない、というような世界だってあるかもしれませんものね。」

サラジーナは「えぇ、そうかもしれませんね。」と答えながら、ジプシーの長

のことを思い出しました。

 

あれはいつのことだったか、と思いをめぐらせながらサラジーナは半分うわ

の空で王宮を出て、市場の方へ歩いていました。

太陽は高く、いつのまにかお昼すぎになっていました。市場で固焼きパンを

買って食べながらサラジーナは、ジプシーの生活と長を思い起こしました。

 

その瞬間

「サラジーナ」

と呼ぶ声が聞こえました。誰が呼ぶのだろう?

人々がゆきかう雑踏とは二重写しのように、目のまえにジプシーの長の姿が

見えました。

「長!」サラジーナは呼びました。

市場にいる人々から見ればきっとサラジーナは変に見えたにちがいありませ

ん。空中にむかって声をあげたのですから。でもそんなサラジーナを気にす

る人はいませんでした。まるでサラジーナと長だけが世界から切り離された

かのようでした。ですからサラジーナは思いっきり長に話しかけることができ

たのです。

 

「久しぶりだな、サラジーナ。

しかしわたしはいつもおまえを見ている。

きょう、おまえのもとに魔法のじゅうたんが届けられたであろう。

それは

ハイアー王国の秘宝である。

心して使うように。」

と長は言いました。

「はい、長。」サラジーナは胸に手をあてひざまずきました。そしてことばを続け

ました。

「いつだったか、長は私に《にせものの望みはかなえられやすい。真の望みは

かなえられにくい》という事を話してくださいましたね。それはどういう事なので

すか?」

「それはこういう事だ。

心から強く望めば、宇宙はその望みを人々に与えてくれる。

しかし

心から強く願ったことが 真の望みでない場合は どうなるか?

にせものの望みを 手に入れる。

真の望みは 手に入れることはむずかしい。

人は真に心から望んでいるものが何か?

知らない事が多いのだ。」

「なぜ人々は、真に望んでいるものを知らないのでしょうか?」とサラジーナは

訊ねました。

「それはだ、サラジーナ。

真に望んでいるものが ほしければほしいほど

心から それがほしい、と願わないのだ。

『もし心から願って、手に入らなかったら?』

心の奥底に その<おびえ>があるのだ。

それならばいっそのこと

はじめから願わないで、手に入らなくてもいい、

と考えるのだ。

そうしていつしか、何を真に望んでいるのか

考えるのをやめてしまうのだ。」

サラジーナは心がゆるがせられるような思いがしました。

「私の 本当に望んでいるものは 何だろう?」

「サラジーナ。

それはおまえの課題だ。

夜までの間に心を澄ませ、身体を清ませて、臨むがいい。

歌い踊り、それと一体化したとき

おまえの心がそれを求めるであろう。

おまえのからだの底から求めるであろう。

真実、

おまえのほしいものは

おまえのほしいものは

おまえにしかわからない。」

そこまで言うと 長の姿は消えました。

「長。ありがとうございました。」サラジーナは胸に手をあててひざまずきました。

その瞬間、まわりの雑踏の音がサラジーナの耳に入ってきました。サラジーナ

は、人の流れをよぎって、ナジータの家に戻り、夜までの時間を静かにすごし

ました。

 

日が暮れる頃サラジーナはジプシーの衣装を着て王宮に行きました。

いつものクリリアント姫の部屋ではなく、王さまの謁見の間に通されました。

パンプキン王国の王とクリリアント姫が玉座に座り、そのまわりを何人もの大臣

がいて、サラジーナが来るのを待っていました。

謁見の間の中央には例のじゅうたんがありました。

サラジーナは両手を合わせながら深く腰を曲げて頭を下げ、王と姫に挨拶をしま

した。

「そちがサラジーナか。姫から聞いている。今宵は魔法の踊りとやらを見せて

くれるそうだな。わしも見てみたいと思い、ここに来てもらった。わしも見せてもらっ

てもかまわんだろう。」

「はい。王さま。もったいないことでございます。」

「さぁ、いつでも始めてくれたまえ。」

丸い謁見の間の壁には、サラジーナの踊りを見ようとして集まったたくさんの人が

立っていました。その中にはローズソンもいました。サラジーナはこれから始まる

歌と踊りの世界に意識を集中させました。手と足にはさまざまな音の出る鈴がつ

いていて、サラジーナが中央まで歩くとシャランシャランと音がしました。

 

サラジーナは四角いじゅうたんのすぐ前に座りました。

踊りは丸くうずくまる姿から始まりました。

種から芽が出るように細長く手が伸び、伸びてゆくにしたがって手のひらは大きく動

かされ、身体ぜんたいも小さな動きから徐々に大きく動き、変化していきました。

完全に身体がまっすぐに立った時、サラジーナはやっと目をあけて言いました。

「なんじの望むみちすじをさししめせ。」

手と顔を左右に動かしながら、丸く歩くように踊りました。中央にスペースを作るよう

に丸く歩き、だんだんそのスペースを大きくしていきました。そしてその中央のスペ

ースに戻って言いました。

「しからずんば、

なんじは

そ に

いるであろう。」

それから全身を激しく廻しながら何度も呪文のように唱えました。

「なんじの望むみちすじをさししめせ。

しからずんば、なんじは そに いるであろう」

「なんじの望むみちすじをさししめせ。

しからずんば、なんじは そに いるであろう」

「なんじの望むみちすじをさししめせ。

しからずんば、なんじは そに いるであろう」

踊りは時に激しく時にゆっくりとなり、呪文もきびしく時にはやさしくとなえられ、

見る人々の心をゆさぶるものとなリました。

 

それは、真に求めているものは何か? という心の底、魂をゆさぶる問いかけの踊り

だったからでした。人が常に意識している「ほしいもの」が本当にほしいものとは限ら

ない。他人より秀でることではなく、他人より富を多く手にすることでもなく、他人より

美しい女性を妻にすることでもない。

他人との比較ではない。

それは生まれて来た時、赤ん坊として、この世に生まれてきた時に決めてきた事、

そのものだから。

生命の力強さ。身体のしなやかさ。

人とのつながり。ぬくもり。与えられる母乳。

無心にむしゃぶりつく赤ん坊のひたむきさ。

そこには虚栄はなく、比較はなく、ただ純粋な生の喜びがあった。

サラジーナの踊りは 見る人の心をありのままに受け入れていく力があり、同時に

みる人の心を鼓舞させる躍動にも満ちていた。

 

踊りながらサラジーナは、じゅうたんの上に立った。

無心に踊りながらサラジーナは自分に問いかけていた。

「もし、これが本当に魔法のじゅうたんだったら、私はどこへ行きたいのだろう?

もし、何でも望みがかなうとしたら、私は何がほしいのだろう?

もし、何でもやっていいとしたら、私は何がしたいだろう?

自由。

もし自由を手にしているとしたら、私は

どこにいる? 何をしている? 何を手にしている?

誰といっしょにいたいのか? 私はひとりでいたいのか?

愛。

もし愛するとしたら、私は誰を愛するのか?

どんな風に 愛するのか?

自分のために 人のために 何をするのが 私にとっての愛なのか?」

 

ちょうど踊りが終わろうとした時、サラジーナは踊っている身体から意識が離れま

した。それは夢のような感覚でした。

風がふわりと吹き、サラジーナは魔法のじゅうたんのうえに座っていました。

広い空をふわふわと飛んで、砂漠や山の上を飛んでいました。

サラジーナがふと気がつくと後ろに誰かがいました。

誰がいるのでしょうか? 後ろをふりむこうとして、振り向けませんでした。

「ふりむくな」と止められたような感じでした。でもそれはいやな感じはしませんで

した。

かえって「なにも不安に思う必要はない」と言ってくれているような気がしました。

風がふんわりと吹いてあたたかなやさしい日差しでした。

「雨が降ったら困るな」とふと思いました。

するとサラジーナの後ろにいる者から答えがかえってきました。

「案ずるな。心配するな、と今言ったであろう。雨が降ってもいつかはやむ。」

「あぁそうなんだなぁ」とサラジーナは気持ちが落ち着きました。

「自由とは、あるがままに自由に動くということだ。流れのままに。」

と後ろから伝わってきました。

「そうなんだな、流れのままに」とサラジーナはうなずきました。

「流れと自分の意志が一体化して ゆけば おぼれることはない。心配するな。

行け!」

サラジーナがうなずいた時、魔法のじゅうたんは王宮のある方向へ急旋回しま

した。それと同時にサラジーナは夢から戻ってきました。

 

サラジーナの意識が夢の世界を飛んでいた間でも、サラジーナの身体は歌と

踊りを続けていたようでした。そして多くの人がその間、同じように自分の夢の

世界をさまよっていたのでした。

サラジーナがじゅうたんに乗って王宮の謁見の間に戻ってきた時(そのようす

を見た者は誰もいないのですが)、その場にいる者は皆サラジーナのように

心の夢を取り戻し、心臓が若返りました。夢は心臓に黄金の輝きを与えてくれ

たのでした。

そして、踊りが終わりました。

 

謁見の間が壊れるほどの盛大な拍手がおこり、パンプキン王は興奮しながら

サラジーナに言いました。

「なんと、なんと。わしはこれほど踊りに陶酔したことはないぞ。素晴らしかった。

褒美をつかわそう。なんなりと申すがよい。」

サラジーナは頭を下げて言いました。

「ありがとうございます。欲しいものは私はすでに持っております。十分でござい

ます。」

「今宵の記念となるものでもいいぞ。どうだ、この宝石は?」と言って王さまは

指にはめた宝石を見せました。

「何でもいいのですか?」

「おぉ何でもいいぞ。しかし王位とかは駄目じゃが。」と王さまは言いました。

「それでは、王さまの夢を私に話してくださいませ。」

「わしの夢か?」

「さようでございます。私への褒美の為に。」とサラジーナは腰を低めて言いま

した。

「わしの夢は…。なくなったわしの后、ここにいる姫の母にもう一度会う事だな」

「王さま。その夢はかなえられています。」

「え、何だと?」

「お后さまは王さまのすぐそばにいらっしゃいます。」

「し、しかし后はもう何年も前に死んでしまったのだぞ。」

「はい。けれどもお后さまは王さまの心のすぐそばにいつでもいらっしゃいます。

王さまがお后さまをお忘れにならないのと同じで、おふたりはいつでもいっしょに

いらっしゃいます。」

「おぉ、なんと。しかし、わしの目には見えないんだぞ」

「はい。王さまはいつでもお后さまを心の目で見ていらっしゃいます。目を閉じて

ご覧くださいませ。」

「目を閉じるのだな。ふむ」王さまは目を閉じました。

「おぉ、お后よ。そこにいたのか! おまえはいつでも若いままじゃ。わしはこん

なに年老いてしまったが。」と王さまは言いました。

「年老いたあなたは素敵ですわ。」

と王の心の中の后は言いました。

「おぉ!」と王さまは目を開けました。

「サラジーナ、何とお礼を申していいやら。わしはわしは…うぅうぅう〜」

王さまは泣き出してしまいました。

「お父さま。」クリリアント姫は父親の肩に手をやりました。

「おぉ、姫よ。おまえをずっと一人にさせて、わしは悪かったと思っている。おまえ

はおまえの母によく似ている。それでわしはおまえに会うのが辛かった。后を

思い出しては悲しくてたまらなかったのだ。悪かったな」

「お父さま。」

王と姫だけでなく、その場にいる者は皆、大事にしている人を心の中でやさしく

いだいていました。夜はふけ、それぞれに自分の家に帰っていきました。

帰る支度をしているサラジーナの前にローズソンが立っていました。

ふたりはただ目を合わせ、水が流れるように腕を開き胸と胸を合わせました。

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